注意
この記事では内容の関係上、ほかの記事のように、ナチュラルワイン、自然派ワイン、ヴァン・ナチュール、ナチュールなどの用語の使い分けは行っていません
ナチュラルワインの人気が続いています。身の回りを見回してみても、ナチュラルワインを専門に扱うワインショップやワインバー、レストランも比較的簡単に見つかるようになりました。
もしかしたら飲むワインはナチュラルワインだけ、という方もいらっしゃるかもしれません。
ワイン業界内でも存在感を見せるナチュラルワインですが、未だにその定義は曖昧です。任意の団体が組織され、そうした団体が独自に規定を決めたりもしていますが、それはあくまでもその団体内だけで適用されるルール。業界を横断して、これこそがナチュラルワイン、という定義は存在していません。
例外はフランスです。フランスではいち早く、ナチュラルワインの定義に踏み込んでいます。
全世界で通用する公的な定義がないことの問題は、公的な統計が取れないため市場の大きさなど、ナチュラルワインの現在地がわからないことです。また定義の曖昧さ故に、造り方を含めた品質管理に大きなばらつきが出てしまうことも挙げられます。
あなたが手に取ったそのナチュラルワイン、どういう理由からナチュラルワインと謳っているのかはご存知でしょうか?
2021年にドイツで行われた調査をもとに、ナチュラルワインの現在地を見ていきます。
なぜナチュラルワインを造るのか
この記事はドイツ国内でドイツ国内のワイナリーや取扱業者を対象に行われた調査の結果を引用しています。内容は原則としてドイツ国内での調査結果であり、日本をはじめ他国、他地域において同様のものとなることを保証するものではない点に予めご注意ください
なぜナチュラルワインを選んで飲むのか。
この問いに対する答えには、より自然なものが身体にいいから、頭痛がしないから、単純に美味しいと感じるから。そんな答えが多く返ってきそうです。ナチュラルワインと呼ばれるワインは総じて販売価格が高くなりがちですが、こうしたポジティブな評価がボトル単価の高さを上回って消費者の手をボトルに伸ばさせているようです。
では生産者はどうしてナチュラルワインを造るのでしょうか。
今回の調査結果によると、造り手側もより自身のイデオロギーやフィロソフィーに基づいてナチュラルワインを造っていることが示されています。ナチュラルワインの造り手にとってそのワインを造ることで儲かるかどうかはそれほど重要ではなく、工業的な要素をワインから排除したり、よりワインの原点に近づいていくことこそが重要と考えられているようです。
ここで面白いのが、消費者の持つイメージではナチュラルワインの造り手は自然との共生を重要視しているように思われがちなのに対して、調査結果からはそれが非常に重要な項目としては挙げられていない点です。もちろんこうした点が軽視されているわけではありませんが、それよりも大事だと思っていることが他にいくつもあることが明確に示されています。
未だに曖昧なナチュラルワインの醸造
調査では各造り手が考えている、ナチュラルワイン造りの条件についても調査されています。
挙げられているのは乾燥酵母を使用しない、清澄剤を使用しない、熱処理を行わない、濾過しない、有機もしくはビオダイナミックの手法に基づいて栽培されているブドウを使用する、二酸化硫黄 (酸化防止剤, SO2) を添加しない、など一般的にもナチュラルワインの条件として挙げられることの多い代表的な項目です。フランスで制定された定義に照らせば、ナチュラルワインとして欠かすことのできない条件も含まれています。
大変興味深いのは、すべての項目で100%の回答を得たものが存在しなかったことです。
この質問は複数回答可能な方法で行われています。回答者であるワイナリーは自分たちがナチュラルワインとして定義づける上で必要だと考えているすべての項目にチェックを入れることができるようになっていました。どれかにチェックを入れたら他の項目にチェックを入れられないわけではありません。
にもかかわらず「乾燥酵母を使用しない」という項目でさえも、すべての回答者がナチュラルワインとして必要だとは同意しなかったのです。
もっとも多くの同意を集めたのが乾燥酵母の不使用、次が清澄剤の不使用でしたが、どちらも100%ではありません。つまり、世の中に流通しているナチュラルワインといわれているワインの中には乾燥酵母を使用して発酵させたワインもあれば、清澄剤を使用したものも、濾過したものもある、ということです。
ナチュラルワインといえば、野生酵母を使用した自然発酵で濾過は行わず、SO2の添加はするにしても必要最低限度に留める、というのが前提のように思いがちですが、現実は少し、違っているようです。
誰が造ってどこで売り、誰がどこで買っているのか
今回調査の対象となったナチュラルワインの造り手のおよそ半分は6 ~ 15ha、3分の1がこれよりも小さい6ha以下の面積でブドウの栽培を行っていました。加えてほとんどのワイナリーが1 ~ 6人程度を固定で雇用している、人員数と規模の両面で比較的小さいワイナリーでした。
また調査対象のワイナリーの多くがビオダイナミックの認証団体であるDemeterに加盟している一方で、15%のワイナリーがいずれの認証団体にも加盟していませんでした。認証団体への加盟とブドウ栽培方法の間に絶対的な関係性はありませんが、有機栽培認証を義務付けているフランスの規定などからみると、このあたりもナチュラルワインの在り方の曖昧さが感じられます。
こうして造られたナチュラルワインの売り先は様々です。
調査対象となったワイナリーの30%で生産量の50 ~ 75%がドイツ国外に輸出されています。これほどではないにしても輸出割合は全ワイナリーで比較的多く、生産量全体で計算すると、ドイツで生産されるナチュラルワインのおよそ半分が輸出されている結果となっています。日本も輸出先の1つです。
一方で調査結果から導き出されたナチュラルワインのドイツ国内での消費者像は比較的明確です。このカテゴリーのワインを購入する個人顧客のおよそ50%はドイツ国内に住む35 ~ 45歳で、12%は外国人が占めています。
ドイツではワインの販売はワイナリーが直接販売している量が多くなる傾向にあります。しかし一方でナチュラルワインの場合にはこの割合が低くなり、逆にワインショップやオンラインショップでの販売量が増える傾向にあります。またスーパーマーケットやディスカウントストアでの販売はほぼ行われていません。
ナチュラルワインの顧客も従来とは違い、必ずしもワイナリーの近くに居住しているわけではなく、ベルリンなどの大都市に住んでいる割合が多くなっています。こうした顧客にはワイナリーが直接リーチするのは難しく、各都市に拠点を構えるワインショップが重要な役割を果たしています。
従来とは異なる販売方法
ナチュラルワインの販売経路の特殊性を背景に、ワイナリーやワインショップの販売方法も従来とは異なってきていることが調査でわかっています。
ワイナリーは従来のような口コミ等はあまり重視せず、メッセなどのイベントやSNSを活用することで顧客、もしくは潜在顧客に直接アプローチする割合を増やしています。ワインショップや輸入業者も価格よりも生産方法、ワイナリーやワインメーカー個人のストーリーをより重要視する傾向が明確になっています。
また非常に興味深いのが、入手可能量への注目度と認証の取得有無に対する反応です。
従来の流通では価格と購入可能量はとても重要視された項目でした。ところがナチュラルワインの流通ではこれらは共にそこまで重要視されていないことが今回の調査で明らかになったのです。また一部のナチュラルワインの規定で重要視されている認証取得の有無も、購入者側からは実はそこまで重要とは思われていないことが示される結果となりました。
曖昧すぎるナチュラルワインは今後どうなっていくのか
ナチュラルワインは最近のブームともいえるものです。しかしその内情はとても、曖昧です。
まずナチュラルワインの造り手の考える前提条件が相当に広範囲になっています。最近ではナチュラルワインを謳わない、従来のワインであっても乾燥酵母を使用せず、濾過を行わず、必要最低限の量を見切ってSO2を添加しているワイナリーは珍しくなくなりました。
今回の調査が行われたドイツではVDP加盟ワイナリーがこうした動きを見せており、彼らの最上級ランクであるVDP. GROSSES GEWÄCHS (グローセス・ゲヴェックス, G.G.)は、白でこそ多くの場合で濾過していますが、一部のナチュラルワインの造り手よりもよほどナチュラルワインの醸造条件と呼ばれる条件に近いところでワインが造られています。
ドイツワインを難しくする? VDPとその等級 | もっと優しくドイツワイン
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現時点において、ナチュラルワインの市場構造は従来のワイン市場と比較すると極めて特殊です。またこのワインを購入している消費者の中心層も従来のワインの消費者とは大きく異なっています。
ドイツにおける現状で見れば、ナチュラルワインの平均販売価格は通常のワインのそれと比較するとかなり高く、一般的なワイン消費者が購入する価格帯とは一致していません。それにも関わらず、現状においては少なくともドイツ国内のナチュラルワインの生産者は販売に苦労していません。このことから、「ナチュラルワイン」というカテゴリーの中では需給バランスがまだ飽和点に達していないことがわかります。
ナチュラルワインの消費の大部分が、トレンドに敏感で受容価格帯が比較的高い国際的な大都市圏に集中していること、「ナチュラルワイン」と銘打っての生産・販売量がまだ少ないことがこうした状況の理由と考えられています。
一方でナチュラルワインとは謳っていない、その実、ナチュラルワインに非常に近い、時としてナチュラルワインと謳われているワインよりもよほどナチュラルワインらしいワインはすでに一般流通上に存在しています。そうしたワインは価格と品質のバランスでナチュラルワインを上回っているケースも少なくありません。
消費者が「ナチュラルワイン」の文言を超えた先に目を向け始めたとき、今のブームがどうなっていくのか。特定のコアな客層に受け入れられるだけのニッチな存在として生き残るだけになってしまうのか。まだしばらく、観察が必要そうです。
今回紹介している調査レポートの詳細な内容はオンラインサークル向けの記事で公開予定です。