ワインには欠かすことのできない要素があります。
アルコール?
お酒ですからアルコールは必須です。これがないとせっかくお酒を飲んでいるのに酔えません。
タンニン?
赤ワインには適度の渋みが欲しいですね。赤ワインの色味にも影響しています。フェノール、とまとめて表現する場合もあります。
甘味?
デザートワインのように深い甘さを持つワインも絶品ですが、オフドライのほのかな甘みも飲みやすさを増してくれます。ちなみにワインの関係者はよくこの甘味を指して、残糖や残糖分と表現します。
こうした成分はもちろん大事です。そしてこれらの成分と並んで大事なのが、酸です。
時々忘れがちになりますが、ワインは意外と酸っぱい飲み物です。辛口の白ワインの中にはかなりの酸味を感じるものもありますが、そうでなくても1リットル中に5グラム前後の酸が含まれているものが大半です。
ワインに含まれている酸はとても重要な役割を果たしています。その1つが衛生管理。雑菌の抑制に役立っています。そして味わいの輪郭形成も酸が持つ大事な役割の1つです。
酸が強すぎると酸っぱく感じ好まれない方も多くいらっしゃいますが、酸がないとダレたような、緩い印象のワインになってしまいます。フレッシュな、生き生きとした、輪郭のしっかりした。そんな印象を受けるワインのほとんどはそれなりの量の酸を持っています。酸はワインの品質判断でもとても重要な要素です。
これだけ重要な酸ですが、どんな酸がどうやってワインに入ってくるのか。それを明確に説明するのは意外と難しいかもしれません。
そこで今回はワインの酸について、3つの視点で解説します。
ワインに含まれる酸の種類
ワインには1つではなく、有機酸と呼ばれる種類の酸が複数含まれています。その中でも代表的なのが次の6種類です。
- 酒石酸 (Tartaric acid / C₄H₆O₆)
- リンゴ酸 (Malic acid / C₄H₆O₅)
- 乳酸 (Lactic acid / C₃H₆O₃)
- コハク酸 (Succinic acid / C₄H₆O₄)
- 酢酸 (Acetic acid / CH₃COOH)
- クエン酸 (Citric acid / C₆H₈O₇)
それぞれの酸の含有量は種類ごとに大きく異なっているほか、ブドウの産地や品種、収穫の時期、その年の気候などによってもかなりの幅で変動します。
その一方でワインに含まれる4 ~ 10g/l程度の酸量 (これを総酸量と呼びます) の内のおよそ70~80%は上記の2種類の酸で占められており、ここに乳酸が加わると総酸量の9割近くとなります。具体的には酒石酸やリンゴ酸は、場合によっては乳酸も、ワイン1リットル中に数グラム単位で含まれているのに対して、これら以外の酸はほとんどの場合で1リットル中に数ミリグラムしか含まれていません。
ワインのペアリングを考える際にはこの数ミリグラムの酸に注目をする場合もあるようですが、ワインの味わいの大枠を決めているのは主に最初の3種類の酸といえます。
酸はどこから来ているのか
ワインに含まれている酸の由来は大きく分けて2種類あります。
1つは原料となっているブドウに由来するもの。そしてもう1つが醸造工程に由来するものです。ワインの主要な酸である酒石酸とリンゴ酸はどちらも基本的には前者、ブドウに由来する酸です。乳酸はブドウにも含まれていますがその量は微量で、その他の有機酸類と大きな差はありません。乳酸は醗酵時に酵母の代謝によっても生成されますが、その多くは乳酸菌発酵、もしくはマロラクティック発酵 (Malolactic fermentation: MLF) と呼ばれる醸造工程において生成される、典型的な醸造工程由来の酸です。
醸造工程において含有量の増加がみられる酸は複数ありますが、その経路にはいくつかあります。
醗酵時に酵母が作り出すケース、MLFのように微生物の介在によって生じるケース、そして人為的に添加されるケースです。
醗酵がもたらすコハク酸
酵母はアルコール発酵時に上述の乳酸のほか、微量の酢酸も生成します。酢酸の生成量は酵母の種類によって大きく異なっており、通常、ワインの発酵に利用されているSaccharomyces系の酵母では酢酸の生成はないとされています。
酢酸の含有は多くの場合、酢酸菌の混入が原因となります。しかし、酢酸菌が介在せず、一部の酵母種によって0.2~0.6 g/l程度の量がワインに含まれるケースも確認されています。
こうした中において特に多く醗酵によってもたらされる酸がコハク酸です。
コハク酸はほぼすべての種類の酵母が代謝活動の副産物として生成している酸です。生成量の多い種類の酵母株では1 g/lを越えて作られているケースも確認されています。
Saccaromyces系酵母では0.2 g/l弱程度が発酵時に生成されています。
なお日本酒の醸造時にリンゴ酸高生産性酵母と呼ばれる種類の酵母を利用するケースも見られます。この酵母はその名前の通り、醗酵時にリンゴ酸を生成する酵母です。その生産能は多いものでは2000~3000ppm (2~3 g/l) とされています。
ワイン醸造の現場ではまだあまり聞かない酵母ではありますが、この時のリンゴ酸の生成はMLFのように別の酸を原料に代謝を行っているものではない点は注目に値します。
リンゴ酸高生産性酵母については「第4回 醸造酒を緩く語る座談会」で日本酒講師の並里さんに詳しいお話をお伺いしています。
酸を添加する
ワインに含まれる酸は時として醸造工程中で人為的に添加されている場合もあります。ワインに添加される可能性がある酸は主に酒石酸、リンゴ酸、そして乳酸の3種類です。どの酸を添加するのかはその目的によって異なっており、添加する量やタイミングも同様に目的によって変わります。
酸の添加は国や地域によっては法的に規制されており、醸造家の考えだけで自由に行えない場合もあります。
なおこれまで見てきた酸とは異なる経路でワインに含まれる酸も存在します。その1つがガラクツロン酸 (galacturonic acid) です。この酸の生成は微生物類の代謝には関係しません。主にワインに含まれるペクチンの分解を通して得られる酸となります。
ワイン造りと酸の挙動
ワインに含まれる酸の種類とそれら酸の由来を見てきました。最後の視点は酸の挙動です。
2つ目の視点では酸が増えるタイミングとその理由を書きました。しかし、実はワイン造りにおいては酸は増えるよりも減る方が圧倒的に多くなっています。酸が減るタイミングや理由は酸の種類によって異なっており、主な理由は以下のようなものです。
- ブドウの生理
- ワイン中の別の成分との反応
- 醗酵の影響
- 微生物による代謝
醗酵の影響はコハク酸とは逆のケースです。代表的なのはクエン酸で、Saccaromyces系酵母で発酵をした場合には100 mg/l強減るとされています。100 mg/lというと大した量には思えないかもしれませんが、割合に直すと50%程度の減少となります。また微生物による代謝は乳酸菌によるリンゴ酸の代謝が代表例となります。
温暖化は酸を少なくする
酸の視点から見ると、ワインは日本酒やビールといったほかの醸造酒と違い、原料であるブドウが多量の酸を含んでいることが特徴です。この果汁中に含まれる酸がそのままワインに移行し、ワインにおける酸の構成比の大部分を占めます。醸造工程中に増加する量は総酸量からみれば微々たる量に過ぎません。
こうした環境下では収穫されたブドウの果汁中に含まれる酸量がどれだけ減るのかがより大きな意味を持ちます。
そしてブドウ果汁中の酸が最も減るタイミングが、ブドウの熟成時です。
ブドウに含まれる酸の量はブドウが熟す前が最も多く、果実が熟してくるのにしたがってその量を減らします。しかしこの両者の関係は完全な相関関係にはありません。ブドウの熟度、つまり甘さは光合成量に依存します。つまり、日照量です。これに対して酸の分解は気温に依存します。
日照量は時間に比例する一方で、気温は時間に依存しません。このため近年の温暖化を背景に、ブドウが完全に甘く熟す前に酸が分解されきってしまうリスクが年々高まっています。
一部の国や地域では暑さに耐性があり、夏場の高気温下でも酸を保持できる品種を植えたり、収穫後の補糖と組み合わせることを前提に未熟でまだ酸量が多いうちに収穫をしてしまったりといった対策を行っているのもこうしたリスクの回避が目的です。
ワイン醸造の暗部?補糖は悪なのか | シャプタリザシオンをめぐって
沈殿する酒石酸
ブドウの熟成やMLFを通して減少するのは主にリンゴ酸で、酒石酸量の減少幅はそこまで大きくはなりません。一方で酒石酸は沈殿という形でその含有量を減らします。
酒石酸の沈殿に大きな影響を与えるのがブドウの果皮から主に抽出される無機質、特にカリウムとカルシウムです。
ブドウの果皮に含まれるミネラル分であるカリウムやカルシウムはブドウを破砕する過程を通して果皮から果汁中に抽出されます。果汁中に抽出されたカリウムやカルシウムは同じく果汁中に存在する酒石酸と化学結合し、酒石と呼ばれる酒石酸水素カリウムや酒石酸カルシウムといった化合物となって析出、沈殿します。
酒石の析出はボトリング後に生じるものと思われがちですが、酒石酸とカリウムやカルシウムの反応によって生じるため、発酵前のマセレーション期間であっても生じる可能性があります。
またこうした酒石酸とカリウムもしくはカルシウムとの結合による減酸はそれ自体が醸造技術として確立されています。天候が悪く夏場の気温が上がらなかったためにブドウの熟度が低く、収穫したブドウの果汁に含まれる酸量が多すぎる場合には人工的にカリウムやカルシウムを添加しワイン中の総酸量を減らす対応が取られています。
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今回のまとめ | 酸をどうやって確保するのか
ワインにおける酸の役割はとても重要なものです。しかし、酸がありすぎるのもまた、問題となります。
一昔前はドイツのようにワイン用ブドウの栽培地域のうちでも北方に属していた地域では相対的にブドウの熟度が低く、酸量が多くて困ることはあっても酸量が足りなくて困ることはほとんどありませんでした。しかし最近では、そのドイツでさえも酸量の不足が問題となりつつあります。
原因は世界的な温暖化です。
一時期はブドウ栽培の北限と言われていたドイツでそうなのです。より南方に位置する地域ではこの問題はすでに待ったなしの状態にまで来ています。いま各ブドウ産地はこうした気候状況を背景にどうやってワインに必要な酸を確保するのかに躍起になっています。
栽培方法を変える、植栽品種を変える、畑の位置を変える、収穫時期を変える。
様々なやり方が試されています。それほどに、ワインにとって酸は重要なのです。こうした動きの中では、もしかしたら将来的には畑の格付けさえ変わるかもしれません。
ワイン造りを取り巻く環境 | 果たして変わらないものはあるのか
そんな中において、醗酵中に酸量をあげることのできるリンゴ酸高生産性酵母といった、従来のワイン造りではあまり注目されていなかった存在に目が行きます。もちろん、ワイン中のリンゴ酸量を引き上げることはその後のMLFの実施などに影響を及ぼす可能性はあります。またそれぞれ味の異なる酒石酸やリンゴ酸、乳酸などのバランスが大きく変わればワインの味わいにも影響は出ます。
そもそもこうした特定の特性を持つ酵母を選択的に使おうとすれば、野生酵母による自然発酵といった醸造手段は選択できなくなります。誰もが同じ酵母を使うようになってしまえばワインの多様性にも影響が出るかもしれません。
問題は簡単ではありません。
しかしそうした中においてもできること、試せることから手を付けていく姿勢は絶対的に重要です。ワイン造りは今、大きく変わろうとしつつあります。
ワインの醸造工程中に添加する酸の種類や目的についてもっと詳しく知りたい方はこちらの記事もどうぞ。
「ワインの醸造過程における酸の添加」
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