二酸化硫黄、もしくは亜硫酸、という単語は、最近の日本のワイン業界では蛇蝎のごとく忌み嫌われる不健康ワードの代表のようになってしまっている印象を受けます。その一方で、これらの酸化防止剤を添加しない、二酸化硫黄無添加ワインの人気が高まってきており、自然派ワインとかナチュラルワインとかといった名前とともに消費者の関心をかっていることは、おそらくこの業界内にいる人であればすぐに思い当たることなのではないでしょうか。
この酸化防止剤無添加、というキャッチフレーズについては、そもそも二酸化硫黄を添加する目的は決して酸化防止だけではないということからも、あまりに視野の狭い議論に思えて仕方のない印象を強く受けるものの、今日のテーマではないので横に置きます。同様に、二酸化硫黄を添加しないことの是非についても議論を別稿に譲ることにしたいと思います。
二酸化硫黄無添加ワインを造る条件とは
さて、いま流行りの二酸化硫黄無添加ワイン、作りたいと思った場合どうすればいいのでしょうか?
実はこの手のワインの醸造に際しては、醸造家が取れる選択肢はあまりありません。
まず、残糖を残す造りはダメなので、ブドウの糖度を完全に食い尽くすまで発酵させる必要があります。また、酸も多く残すことが必須なので、酸が落ちるようなタイミングで収穫したブドウを使うことは向いていませんし、味のバランスを取るためだとしても酸を落とすような手法はとるべきではありません。言ってしまえば、甘くなくて酸の強いワインであることが二酸化硫黄を添加しないためには必要な条件となるのです。
残念ながら、ワインの品質を守ることを最大限に優先するのであれば、そこに飲みやすいとか飲みにくいとかといった視点の入り込む余地はありません。
さらに、ワインに対して二酸化硫黄を“無添加”であることを重視するだけではなく、“非含有”であることを重視するのであれば、極力、マセレーションも避ける必要があるでしょう。ただ、ここまでやっても酸化硫黄“非含有”というワインを作ることは醸造家が手を出せない範囲での理由により、ほぼ不可能だったりします。
また上記以外にも、使うブドウは完全に健康なもののみでなければなりません。
もし仮に、ワイン製造のプロセス全体から二酸化硫黄の使用を駆逐したいのであれば、未使用の新樽以外の樽は使わず、ステンレスタンクでの醸造を行うべきでしょう。出来たワインはファインフィルターを通して瓶詰めすることが望ましくもあります。ただし、このファインフィルターを通した時点でそのワインがナチュラルワインとしての区分から外れることは、醸造家として知っておかなければならないことです。
現状におけるナチュラルワインの定義についてはこちらの記事を参考にしてください
⇒ ナチュラルワインは甘くないんじゃなかったんですか? 其の壱
これに加えて、瓶詰め後の封はコルクよりもスクリューキャップやVinolokがより適しています。ついでに言ってしまえば、二酸化硫黄を全プロセスから排除するということは、ブドウ畑で発生しやすい一部の病気に対する最大の対処手段を封印する、ということでもあるため、毎年収穫量がかなり少なくなることも覚悟しなければならなくなります。
もし二酸化硫黄フリーを謳っているワインが醸造過程に新樽以外の樽を使っているような場合は、かなりの確率でそのワインはワインに直接二酸化硫黄を添加していなかったとしても、プロセスのどこかで二酸化硫黄を使用しており、そこを経由してワインにも含有されるという間接的添加をされていると思われます(絶対ではないのですが、そうではなかったらそうではなかったで別の問題の原因となり得ますし、そちらのほうが大きな問題になり兼ねません)。
二酸化硫黄は近年の「工業的ワイン」の代名詞なのか?
人によっては、二酸化硫黄はもともとのワインの歴史では使われていなかったものであり、最近の工業的生産手法への移行の中で使われるようになったものなのだから、本来のワインを語るのであれば使うべきではない、などと言っている場合があります。しかし、二酸化硫黄のワインへの添加はローマ時代まで遡ることが可能とされており、とても最近になって使われ始めたようなものとは言えないのです。
消費者側の言説に合わせることが必ずしも悪いとは言わないのですが、消費者を正しく啓蒙していくこともまた必要なことだと考え、醸造家の方には二酸化硫黄フリーのワイン作りが自身に本当に必要なのかどうか、このタイミングで再考することをお勧めしたいと思います。
こちらの記事については追加の記事が公開されています。ぜひ併せて御覧ください。