ワインを造るために欠かすことのできないモノが2つあります。
1つは原料となるブドウ。そしてもう1つが、酵母です。
酵母はワインやビール、日本酒といった醸造酒を造る以外にもパンの記事を醗酵させる時にも使いますので誰にとっても比較的身近な存在です。イースト (yeast) とも呼びます。
一方で、「酵母ってなに?説明して」といわれたときに皆さんは迷うことなく説明できるでしょうか。
今回は酵母の基本をおさらいします。
酵母とはなにか
酵母は一般的に「菌」と呼ぶ種類の微生物の一種です。
微生物学的にいえば細胞壁をもった単細胞性の真核生物、真菌類の総称、となりますが、私たちの生活圏内では醗酵に使われる微生物として知られています。
酵母はそのまま「酵母」や「イースト」の単語で使われることが多いので、なにか特定の対象を指しているように思えます。事実、日常会話で酵母といった場合にはほとんどのケースでSaccaromyces cerevisiae (サッカロミセス セレビシエ) という種類の酵母を指しています。
ワイン酵母もビール酵母も日本酒酵母も、そしてパン酵母も基本的には全て同じ、このSaccaromyces cerevisiaeです。
しかし世の中に酵母は60属500種を超える数が知られています。さらにいえば同じSaccaromyces cerevisiaeの中でさえ、特徴の違う酵母が存在しています。
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メモ
Saccaromyces cerevisiaeとはSaccaromyces属 cerevisiae種の酵母、という意味です
酵母の分類を本当に詳しく知りたい、という方にはこちらのような専門書もあります。ワイン用酵母を詳しく知りたいくらいであれば全く不要なものですが参考まで。
どこにでもいる酵母
酵母、もしくはイーストと聞くと小さな袋にパッキングされたちょっと特別そうな粉をイメージするかもしれません。こうして特定の種類の酵母だけを選択して粉状にしたうえで個別のパッケージに梱包して商品化されている酵母を「乾燥酵母」と呼びます。
とはいってもこの乾燥酵母も元をたどれば自然界にいた酵母です。自然界の中にいる様々な種類の酵母をまとめて「野生酵母」もしくは「天然酵母」といいます。
野生酵母の中からワイン造りやビール造り、もしくはお酒造りやパン造りに適した種類を選び出して、ほかの種類の酵母が混ざらないようにしたうえで保存や持ち運びがしやすいようにしたものが乾燥酵母です。
野生酵母を「天然酵母」と呼ぶと何となく乾燥酵母は人工的に作った酵母のように感じてしまいますが、乾燥酵母も天然酵母の1つです。
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そんな酵母ですが、自然環境のなか、どこにでも存在しています。空気中を漂っていたり、土壌中にいたりもしますが、中でも特に見つけやすいのが「糖分を含んだ液体があるところ」です。
糖分を含んだ液体というと少し分かりにくいですが、樹液や花の蜜、果実などがこれにあたります。
野生酵母と昆虫の関係
特に傷がついて果汁が滲み出してきている果実の表面は最適地です。甘い果汁は酵母にとって最高のエネルギー源になります。
こうした果実についている酵母の数は、果実が熟しているほど多くなります。
ワイン造りの現場で野生酵母はよくテロワールと結び付けて語られます。どこかから選抜されて持ってこられた乾燥酵母を使うのではなく、ブドウが収穫された畑に属する酵母を使った方がその畑のキャラクターをより明確に表現したワインになるからだそうです。
確かに酵母はブドウ畑の土壌中にも存在はしています。そのため、野生酵母がテロワールを表すというのもあながち間違いとは言えません。
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一方で、酵母の多くは昆虫によって媒介されています。
蜜から蜜へと飛び回る昆虫はその足やくちばしに酵母を付着させたまま広範囲を移動します。
こうした昆虫が熟したブドウの実に接触することでまずブドウの果皮表面に酵母が付着します。さらに果肉を食べたり、果汁を吸う際に口器を介して果実内にも酵母が入り込みます。
大きく傷ついたブドウの粒は選果によってはじかれますが、人の目に見えないほどの微細な孔があるだけの実は選別されません。こうして残った粒についている酵母が醸造所内でブドウが潰された際に多量の果汁に触れて増殖をはじめます。
酵母は必要なのか
ワイン造りの現場で酵母は欠かすことのできない、極めて重要な役割を担っています。
醗酵です。
極端な話、醸造家はいなくてもワインはできますが酵母がいなければワインは出来ません。まさに「酵母なくしてワインなし」です。
ちなみにどれくらいの数の酵母がワイン造りに関わっているのかご存じでしょうか。酵母の種類ではなく、数、個体数のお話しです。
醗酵の初期段階では1 ml中におよそ10⁶ 個の酵母が存在しています。醗酵が進むにしたがってその数は増え、1 ml中におよそ60 x 10⁶ 個、ピーク時の最大値では1 ml中に10⁸ 個が存在しているとされています。
ぶどうジュースがワインになるために天文学的な数の酵母が働いていることが分かります。
醗酵は酵母のエネルギー代謝
ワイン造りの現場では特に酵母がブドウの果汁内に含まれている糖分をアルコールと二酸化炭素に変えることを醗酵といっています。
「醗酵 = アルコールの獲得」と思われている場合も多いですが、厳密に言うと違っていて、酵母が自分に必要なエネルギーを獲得することが醗酵の目的で、アルコールの生成はその副産物に過ぎません。
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アルコールを作ることが本来の目的ではありませんので、酵母の種類によって同じ量の糖から作り出すアルコールの量には差があります。酵母の種類によってはほとんどアルコールを生成しないような場合もあります。
しかし、ワイン造りでアルコールは必要なもの。効率よく作ってくれないと困ります。
そうした目的に適した酵母として選び出されたのが、ワイン酵母と呼ばれるSaccaromyces属の酵母です。
Saccaromyces属の酵母はアルコール高生産性の酵母です。Saccaromyces属の酵母にはbayanus種とよばれる種類の酵母も存在していますが、中でもcerevisiae種は理論値で糖の51%をアルコールに変えるとして重宝されています。
このSaccaromyces cerevisiaeによる糖の代謝をより具体的に表しものが次の式です。
Glucose + 2ADP + 2P → 2 Ethanol + 2 CO₂ + 2ATP + 25 Kcal
醗酵は本来、酵母がエネルギーを獲得するための代謝です。このため酵母にとって一番重要なのは式の「2 ATP」の部分なのですが、我々人間にとってはそこは割とどうでもよく、「2 Ethanol」の部分が重要となっています。
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またMLF (malolactic fermentation: マロラクティック醗酵) とも呼ばれる乳酸菌発酵はアルコールの生産が伴っているため「発酵」と呼ばれていますが、酵母は介在しておらず、乳酸菌と呼ばれるバクテリアによるものです。
なおあまり知られていませんが、リンゴ酸の分解自体にはSaccaromyces属の酵母が介在しているケースも存在しています。
酵母はアルコール以外も作り出す
ワイン造りにおいて酵母を使う理由のほとんどはアルコールの獲得のためです。一方で酵母は代謝の過程でアルコール以外のものも作り出しています。
これを醗酵副生成物と呼びます。
醗酵副生成物は厳密には一次副生成物と二次副生成物に分類されますがここは非常に面倒な内容になりますので割愛します。
醗酵副生成物には
- ピルビン酸
- アルデヒド類
- ケト類
- グリセロール
- 乳酸
- 酢酸
- その他の有機酸類
- エステル類
- 高級アルコール類
- メタノール
などが含まれます。
エステルや高級アルコール、アルデヒドなどはワインの香りに、グリセロールは口当たりなどに影響します。
こうした発酵副生成物はワインにポジティブな影響を与えることもありますが、逆にネガティブな影響を及ぼす場合もあります。
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またアルコールを作る以外の点での酵母の働きとして非常に重要なのが、醗酵副生成物によらない香りへの影響です。
酵母による品種香の発露
一部のブドウ品種では品種固有の香りの成分が果実中に含まれていながらも、醗酵前の時点ではその香りが全くしないことがあります。
これは香りの成分であるモノテルペン類やノルイソプレノイド誘導体が糖と結合した配糖体、グルコシド (Glucoside) と呼ばれる状態で果汁中に含まれているためです。こうした香りの成分は糖との結合がなくなって初めて香るようになります。
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つまりグルコシドの状態になっている香りの成分をちゃんとした香りとしてワインに含ませるためには、こうした香りの成分につながっている糖を切り離してやる必要があります。
これをするのが、酵母です。
酵母がグルコシドを解消すると聞くと、酵母は糖を代謝の原料として消費するのでグルコシドとして結合している糖もそのまま代謝するのだろうと思ってしまうかもしれません。
表面的にはそのような理解でもいいのですが、実際の中身はもっと複雑な機構に基づいてグルコシドは解消されています。
酵母によってもグルコシドの解消に対する適正が違うため、そうした機構により適した性質をもった酵母が選別され乾燥酵母として販売されています。
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酵母が必要とするもの
醗酵は酵母の代謝活動なので放っておけば勝手にやってくれるものと思いがちです。
確かにそうした考えもあながち間違いとは言えないのですが、ここに関わってくるのが効率です。酵母も人間と同じで、環境を整えてあげた方がより効率的に、かつ高い品質で仕事をしてくれます。
そうした環境整備として必要になるのが、
- 糖分
- 栄養
- 温度
- 酸素
です。
糖分はそもそも代謝のための原料なので当然ですが、それ以外のものは無ければ無いでなんとかなるけれど酵母が余計なストレスを受けることなく働くために必要なもの、という位置づけになります。
ワインの醸造においてよく聞く単語に「低温発酵」と「還元状態」があります。
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こうした単語から醗酵温度は低ければ低い方がよく、酸素はなければない方がいいと思われがちです。しかし酵母もあまりに寒すぎるところでは動けなくなりますし、多大なエネルギーが必要なのにそれを獲得するための呼吸が出来ないのでは効率が悪くなります。
このような事情から、いくら低温での醗酵といっても15度くらいは保った方がいいとされていますし、酵母が数を増やすための増殖時期にはある程度の酸素を取り込んでやることが大事です。
なお一般的に酵母は1つの個体が5 ~ 7回分裂増殖をし、第4世代以降くらいから醗酵の代謝を開始するとされています。醗酵時には酵母は嫌気環境下で代謝を行えますので、酸素の供給はそれまでの間で必要とされます。
重要な栄養素 | 窒素とアンモニウムと硫化化合物
ワイン醸造の現場で必要となる醗酵補助剤は窒素だ、とよく言われます。
確かに窒素は醗酵において非常に重要な役割を持つ酵母のための栄養なのですが、それ以外にもアンモニウムや硫化化合物も欠かすことのできない栄養素です。
日本酒造りの現場ではこうしたミネラル分を水を介して供給するそうですが、ワイン造りにおいては多くの場合、窒素以外の栄養素は十分な量がブドウ内に含まれています。このために敢えて外部からこうした栄養素を添加する必要がなく、自然と「必要な栄養素」として見落とされている側面もあるようです。
窒素は酵母が増殖するためにも代謝を行うためにも使っています。
窒素量が酵母が代謝できる糖の量を規定するとしている文章をみかけることがありますが、これは少し違っていて、窒素量が最初に規定するのは酵母の個体数です。
結果的には糖を代謝できる最大量は個体数に影響されますので、まとめてしまえば窒素が糖の代謝量を規定すると言えなくもないのですが、順番が違うことには注意が必要です。
ここを間違えて理解してしまうと、窒素の供給タイミングを間違えることつながります。
窒素の必要量は酵母の種類によっても大きくバラツキがありますが、醗酵時の酵母の個体数を前提とすると、200 mg/Lは最低限必要となります。
ちなみに窒素量は主に不足することでピルビン酸やケト類、エステル類、グリセロールや高級アルコール類などの生成量を増やすことが分かっています。
とはいっても闇雲に多く入れればいいというものでもなく、必要量を適切に供給することが重要となります。