ワインの品質はブドウが決める、とよく言われます。そうした中でも特に強く信じられているのが、ブドウの樹の樹齢が高くなるに従ってワインも高品質になる、というものではないでしょうか。
市場もこの考えを肯定しています。ラベルに"Vieilles Vignes (V.V.)"や"Old Vines"、もしくは"alte Rebe"と記載があると大概はボトル価格が高くなります。これらはいずれも「古木」という意味の記載です。ここでも「高樹齢のブドウ樹はより高品質のワインを生み出す (だから価格も高くなる)」という理屈が成り立っているのです。
では、なぜ高樹齢のブドウ樹からは高品質のワインができるのでしょうか。
よく言われるのは、ブドウの樹が若いうちは樹勢が強くエネルギーの多くを枝葉の生長に使ってしまって果実が充実しないから、とか、若い樹は根が浅く土壌からミネラルなどを十分に吸収できないから、もしくは、ブドウの樹が樹齢を重ねると収穫量が激減し、その分残った果実に栄養が回るようになるから、といった内容です。どれも本当のように思えます。
でも、間違いです。
ブドウの樹齢とワインの品質の間にある関係性を巡って現在に至るまで多くの検証と議論がなされてきています。しかし、ブドウの樹齢が高くなるとワインの品質が高くなることを再現性をもって証明した事例は1つもありません。現状における知見に基づく限り、「ブドウの樹齢の高さ」がワインの品質に何らかの影響を与えることはごく一部の例外を除いてないのです。
今回はそんな、あまりにも意外なブドウの樹齢とワインの品質を巡る事実に目を向けます。
定義のない「高樹齢」
この話を進めていく前に私達はあるとても残念な、それでも避けて通ることのできない事実を知る必要があります。仮にラベルに古木の表記があったとしても、我々はそのボトルからブドウ樹の樹齢はおろか古木の特徴も知ることはできない、という事実です。
理由は極めて簡単です。ラベルに古木の表記があるからといって、そのボトルの中身が古木のブドウ樹から収穫されたブドウで造られているとは限らないからです。これは詐欺でもなんでもありません。そもそも「古木」という言葉に定義がないのです。
造り手が25年で古木と認識すればそれが古木ですし、15年で古木と認識すればそれが古木です。「古木」という言葉を明確に定義している地域は世界中を探してもほとんどありません。また仮にその畑が200年前に開墾されていたとしても、植わっているブドウがすべて200歳の樹齢を持つ、なんてことはありません。多くの畑では枯死した樹に代わって新しい苗を補植します。そうなると1つの古い畑に様々な樹齢の樹が混植されることになります。補植の割合によっては、畑は古いしごく一部はとんでもなく高樹齢の樹が残っているけれど、大半は若い樹、なんてことも絶対にないわけではありません。
樹齢の高いブドウ樹が比較的多く残っている南オーストラリアのBarossa ValleyやアメリカのNapa Valleyでは畑のデータベース化を進めており、最低でも樹齢35年や50年以上の樹を古木と呼ぶ、といったような規定を作っているケースもあります。しかしこうした事例は稀です。また樹齢35年以上や樹齢50年以上を古木とすることに対しても科学的根拠はありません。古木という言葉はどこまでいっても曖昧なのです。
さらにもう1つ。高樹齢という言葉には希少品というイメージがどうしても付き纏います。
実際に100年を超える樹、なんてものは希少な存在です。それだけで価値があるように感じられますし、実際に少なくとも歴史的な意味での価値が大きいのは間違いありません。そして実際に我々はそのワインを飲むとき、こうしたイメージから逃れることはできません。特にワインのようなコモディティ商品では消費に伴ってストーリー性が重要視されがちです。そうなれば、グラスの中に実際とは違う味を感じたとしてもなんの不思議もないのです。
高樹齢が希少になる3つの理由
ブドウの樹は植物の中でも生命力が強く、果実の生産期間が長いことで知られています。現在、世界最古といわれるブドウの樹はスロベニアにあり、1657年に植えられたという記録が残っています。実に300年を超える樹齢でありながらいまだに毎年、数十キロの収穫ができているそうです。
それほどまでに寿命が長いはずのブドウの樹でありながら樹齢が高い樹が希少になる理由は大きく分けて3つあります。1つはそもそも古い木の存在数が少ないこと。これにはブドウネアブラムシとも呼ばれるフィロキセラ (Phylloxera) の存在が大きく関わっています。
フィロキセラ禍による歴史の断絶
欧州を中心にしたワインの旧世界と呼ばれる地域ではワイン造りやブドウ栽培は有史以前からの長い歴史を持っています。その歴史の長さに見合った歴史を持ったブドウ畑とそこに植えられたブドウが存在していても不思議はありません。しかしそうしたブドウの樹は現実にはほとんど存在していません。1860年代に北米大陸から入ってきてしまったフィロキセラという小さな昆虫が原因でほぼ全てのブドウ畑が壊滅的な被害を被ったためです。
フィロキセラの被害に遭ったブドウ畑が対策を編み出し、再生に向けた歩みを始めたのは1880年代のことです。必然的にこれより古いブドウの樹は欧州ではほぼ存在しない状態となりました。一方で元々フィロキセラが生息していた北米や、フィロキセラが上陸はしたものの被害が拡大しなかった南オーストラリアでは欧州と比べると高樹齢のブドウの樹が多く残っています。Barossa Valleyでは1847年まで記録を遡ることができるブドウ畑とブドウの樹が現存しています。
植え替えによる低樹齢の維持
高樹齢のブドウの樹が残らない理由の2つ目は、生産者が意図的に低樹齢を維持しているためです。
商業用ブドウ畑では一定期間ごとにブドウの樹の植え替えをしています。植え替えサイクルはワイナリーや地域によっても異なりますが、20~50年ごとくらいが目安となります。高樹齢にすればワインの品質が上がるのになぜ定期的な植え替えで低樹齢を維持するのか。その理由はいくつかあります。1つ目は畑単位での生産性が下がるため。2つ目はその時々で消費者や世間の好みに合った製品構成を実現していくため。そして3つ目が畑に累積してくる病気や害虫によるダメージをリセットするため、です。
ブドウ栽培ではいかにしてブドウの樹を健全に維持するかがとても重要な点になります。栽培家は剪定や防除といった年間の作業を通してブドウの樹を健康に保つための努力をしていますが、それでも病気は出てきてしまいます。またトラクターなどを使った作業では不慮の事故で樹が折れてしまうこともないわけではありません。時にはウィルスや線虫などにより土が汚染されてしまい、樹が枯死してしまうことさえあり得ます。
ブドウの樹が枯れたり折れたりしてしまった場合、一般にはその枯れた木の後に新しい苗を植える補植と呼ばれる作業をしますが、病気や土壌汚染の状態が深刻な場合などには補植をしてもまたすぐに枯れてしまう可能性が高くなります。こうした時にはブドウの樹を抜き、数年畑を休ませてから新しく植え付けをすることになります。多くのワイナリーでは被害が出てから対応するのではなく、経験的に知っている期間で定期的に植え替えを行うことで、被害の予防をするようにしているのです。
またこうした植え替えに合わせて植え付け品種を変えることで市場の需要や気候変動といった世間の動きに合わせた栽培品種構成を実現していくこともワイナリーにとっては重要な取り組みとなります。
外的要因によるブドウの短寿命化
ブドウの寿命は長いですが、それでも全ての樹が300年以上も生きられるわけではありません。あまりはっきりとしたデータはありませんが、同じワイン醸造用のブドウであっても品種ごとに寿命には差があるらしいことがわかっています。また栽培されている地域による差も小さくはありません。そうでなくても多くの場合、40年も経つとかなりの割合の樹がなんからの理由により枯れてしまいます。そうした理由は病気である場合もありますし、栽培上のストレスによるものである場合もありますが、基本的には外的要因によるものです。
ワイナリーが管理しているブドウ畑ではブドウの樹は年に1度、剪定によって夏場に伸びた枝を切られます。この時、枝の切断箇所から病気の原因菌が混入することがあります。また剪定自体も樹にストレスのかかる作業であり、40年も50年も続けていくとそれが原因となって樹が枯れてしまうことがあります。
畑におけるトラクターの利用頻度の上昇もブドウがダメージを受ける原因となります。機械作業は全体で見れば効率がいいですが樹1本1本の状況に合わせて調整することが難しく、ブドウの樹に過度の負担をかけることがあります。こうしたことが原因で樹が枯れたり折れたりすることもあります。
さらに最近では気候の変化が原因で今までは生息できなかった外来生物がその生息域を拡大し、フィロキセラのようにブドウ畑に甚大な被害を与える可能性も高くなってきています。年間を通した気温の上昇、降雨時期と量の変化、極度の乾燥、山火事などの発生といった事態も含め、最近のブドウ畑を巡る環境の変化は、長期的に見ればブドウの寿命を短くする傾向を強くしています。
高樹齢で生産性は上がる
ブドウの樹が樹齢を上げていくことが複数の意味で難しいことはわかりました。またそうした厳しい環境を潜り抜け、樹齢を重ねた樹が「希少」であることに疑いはありません。しかし、高樹齢の樹が希少であることは高樹齢のブドウ樹から造られるワインが高品質であることを説明してはいません。
ブドウの樹が古くなるとワインの品質が高くなる理由として言われるのは、樹齢が上がることで樹の生産性が落ち、収量が激減するため1つの房あたりの凝縮度が上がるから、というものです。しかし、そもそも病気やストレスに打ち勝ち、健全に樹齢を重ねていける樹が生産性を落とす理由はありません。むしろ生産性が上がっても不思議ではないほどです。そして実際に、高樹齢になることで収穫量が落ちるという事実はありません。
検証条件によって結果には多少のブレがあるのは確かですが、それでも樹齢を重ねた樹で生産性が確実に落ちることを証明した事例はないのです。むしろ樹齢を重ねた樹では収穫量が増える傾向が見られる場合も多く、さらに年間を通しての生長も若い樹と同等以上を保つことが報告されています。
根と蓄積が裏付ける高生産性
世間で一般的に言われていることとは裏腹に、樹齢を重ねたブドウの樹が高い生産性を実現するのは根系の充実と樹体内における養分の蓄積量に理由があるとされています。
ブドウの根系はおよそ7~10年ほどで最大値に到達するといわれています。根系が充実することで水分やそこに溶け込んでいる養分の吸収が安定するようになり、乾燥ストレスをはじめとした各種ストレスへの耐性が高くなることがわかっています。つまりヴィンテージごとの違いに左右される度合いが減り、安定した生長や収穫が望めるようになるのです。一方で根系が安定したからといって生長時期やその速度、つまり樹勢などは影響をほぼ受けないこともわかっています。樹齢が高くなると生長が落ち着いて、というよく言われる理屈もまた、あまり正確なものとはいえません。
根の構造の充実による生長の安定化と併せて高樹齢の樹の生長と生産性を支えているのが樹体内における養分の蓄積量です。
ブドウに限らず植物は葉に日光を受けることで光合成を行い、そこから栄養を生成することで自身の生長を支えています。一方で萌芽の時期や光合成を行うのに十分な大きさの葉を獲得するまでの間は、ブドウの樹は自分の体内に蓄積していた栄養を使って生長します。さらにこうした栄養の蓄積量が将来的にブドウの房になる花序の数に影響することもわかっています。そして栄養の蓄積量は大まかには樹体のサイズに比例します。つまり、幹の太さなどが大きくなっている高樹齢の樹の方がまだ幹の細い若い樹と比較して多くの栄養を蓄積できるということです。
樹体内における栄養の蓄積量の多さはそのまま生長の安定化につながります。萌芽後や展葉後も光合成活動に支障をきたした際などにこの栄養を使って不足を補うことができるためです。
なお樹齢を重ねれば重ねるほど樹体の大きさが大きくなることで増加すると考えられる養分の蓄積量とは違い、およそ10年前後で最大値に達する根系に関してはそれ以降の樹齢では差が出ないことがわかっています。樹齢20年と40年の樹を比較した検証事例ではこの両者の間には樹としての生長、収穫されたブドウ果汁の物性、そこから造られたワインの特性のすべてにほとんど差がなかったことが報告されています。
上がるが下がる生産性
ブドウの樹は古くなることで実は生産性が上がるという、あまりにも意外な事実を知ると、それならば植え替えなどしなくてもいいじゃないかと思われるかも知れません。しかしその考えには残念ながら大きな穴があります。時を重ねることで畑の生産性は下がるからです。
確かにブドウの樹を個別に見た場合には病気に罹患している、物理的な損傷を受けているなどの理由がない限りは生産性は上がるか、悪くても下がることはありません。一方でブドウ畑として見てみると、同じ期間中を通して生産性は多くの場合で下がり続けています。畑が古くなればなるほど、多くの樹が枯れたり折れたりすることで面積あたりに存在する樹の本数自体が減るからです。
確かに補植は面積あたりの生産性の低下を緩やかにする効果はあります。一方で樹齢が高いほど生産性が上がる前提に立つと、高樹齢の樹が抜けて低樹齢の樹が入ってくれば生産量の最大値は下がります。特に新しく植えた樹は最初の数年間は収穫ができませんので、この間の収穫量は大きく下がらざるを得ません。枯れる樹が増えれば増えるほど、補植していたとしても面積あたりの生産性は下がり続けるのです。
生産者は樹1本あたりの生産量では物事を判断しません。基本的には面積あたりの生産量で判断します。仮に生き残っている数少ない高樹齢の樹がいくらか生産量を増やしていたとしても、大半の樹が枯れてしまっているようであれば、高樹齢の樹を抜いて畑全体を新しく植え替えた方が作業効率も採算性も上がるのです。
高樹齢でワインの品質は変わるのか
樹齢が高くなっても生産性が落ちない以上、収量が減るから1房あたり凝縮度が上がる、という理屈は成り立たなくなります。根系が充実するから品質が上がる、という理屈にしても、根系が完成していない樹齢5年や6年の樹と比較すれば確かに差が出ることが確認されていますが、逆にそれ以降の根系が完成した樹同士の比較では樹齢の差は生じません。樹齢10年程度の樹を高樹齢、というのは不可能ではありませんが些か無理があります。そしてこうした一般にいわれている理屈と事実との間にある矛盾が示す通り、基本的に樹齢とワインの品質との間に相関性はないとされています。
一方で、官能評価などを行うと多くの場合で低樹齢の樹から造られたワインと高樹齢の樹から造られたワインとの間では結果に差が出ています。こうした差を根拠に、だから高樹齢は高品質のワインを生む、とする言説もあるようですが突き詰めてみると必ずしもそうとはいえなさそうな現実が見えてきます。両者に生じている差の多くは、樹齢が高かろうが低かろうが、条件を整えてやることで解消できると考えられるのです。
そうした条件の1つが生長過程におけるストレスの有無です。
例えばリースリングで品種の特徴香とまでいわれるペトロール香。生長期の間にブドウの樹が強い乾燥ストレスに晒されることで発生の頻度と程度が高くなります。乾燥ストレスが1つの大きな原因となるこの欠陥臭は、若木と古木の間で比較すれば若木の方でより発生しやすいものであることが予想できます。若木の方が根系の充実度が低く、水分ストレスに敏感だからです。
一方で若木であっても灌漑設備を導入してストレスを緩和してあげれば発生は防ぎやすくなりますし、逆に根系がいくら充実した古木であっても度を越して強い乾燥ストレスに見舞われてしまえばTDNの前駆体の生成が進むことは避けられません。樹齢が高いから発生しない、樹齢が低いから発生する、というものではありませんし、むしろ樹齢はほとんど関係ないのです。偶然、根系の充実度の差の範囲で吸収できるかできないかくらいの微妙な環境だった時にはじめて樹齢による差があった、といえる程度のものに過ぎません。
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今回のまとめ|樹齢の差よりヴィンテージの差
ペトロール香の例でみたとおり、樹齢による差というものは世間一般でいわれているほどには大きなものではない、というのが現状における知見からもたらされる結論です。樹齢が生み出す差はゼロではないものの、それよりもブドウの生長期における気温や天候といったヴィンテージとまとめられるものの方がはるかに大きく影響します。それに続くのが栽培管理の方法です。樹齢の差はこうした要因によって容易に覆されうるものです。
樹齢の差がないというけれど、実際にラベルに古木と書かれたワインは味が違うじゃないか、という意見があることも理解しています。しかしこの記事の冒頭で触れた通り、ラベルの表記からその樹の樹齢や特徴を理解することはできません。その「違い」がどこからきているのか、その根拠を明確に示すことはできないのです。
とはいえ、樹齢の影響が全くない、というわけではありません。現在わかっていることから考えてみてもおそらく一定の条件下ではブドウが重ねてきた時間の差が比較的大きな差としてワインの味や香りに影響する可能性はあります。そうした可能性についてはオンラインコミュニティ内で公開している記事で触れています。なおコミュニティメンバー限定記事はその内容の一部を再編集したものをnoteのマガジンにも収録しています。樹齢とワインの関係についてさらに踏み込んでいきたい方はぜひコミュニティへの参加もしくはマガジンの購読をご検討ください。
限定記事を読む
いずれにしても樹齢の差はいわれているほど大きなものではない、という可能性を知っておくことは夢はありませんがワイン選びをしていく上では役に立つのではないでしょうか。もちろん希少性を楽しむことも、ワインの楽しみ方の1つの方法であることには疑問の余地はありません。