前回は二酸化硫黄のもつ効能の一つとして、微生物や細菌に対する作用をご紹介しました。第2回目となる今回は、日本でももっとも代表的な使用例として認識されているであろう、抗酸化作用についてお話しをしたいと思います。
前回の記事はこちらから御覧ください。
二酸化硫黄の持つ抗酸化作用
日本で販売されているワインのほとんどでは、そのラベル内に「酸化防止剤(亜硫酸塩)」という記述を見つけることが出来るのではないでしょうか?この「酸化防止剤(亜硫酸塩)」という言葉が指しているものがまさに今テーマにしている二酸化硫黄のことです。
ちなみに、この「酸化防止剤」という言葉に非常に敏感に反応される方がいますが、酸化防止剤自体は極めて一般的なものです。例えば、なにか適当なジュースやお茶のペットボトルなどを見てみてください。そこに「ビタミンC」という表記は無いでしょうか?
これ、たまに味に酸味をつけているんだろう、と思われる方もいるようですが、実際は酸化防止剤として添加されています。ビタミンCは抗酸化作用を持った、酸化防止剤なのです。
このお話しをすると、じゃあワインにもビタミンCを入れればいいじゃない、と仰る方がいらっしゃいます。とても理にかなった考え方のようにも思えますが、実際はことはそう単純ではなく、ビタミンCと二酸化硫黄とでは反応速度に圧倒的な差があるため、ビタミンCを二酸化硫黄の代替品として使うことは出来ないのです。
話が逸れましたが、この日本のラベルに見られるような書き方をされていると、さもワインの酸化を防止することが二酸化硫黄を添加することの主目的、というように感じませんか?酸化防止剤なんだから、酸化を防止するために入れているんだろう、と。
これに関しては見方によって意見が異なる場合もあると思いますが、醸造的にも見ても、答えは否です。二酸化硫黄の添加は酸化防止を主目的とはしていません。二酸化硫黄を添加する主たる目的は、前回の記事で扱った、細菌や微生物の活動の抑制であって、酸化防止ではないのです。
酸化防止作用は単なる副次的効果?
もし仮に二酸化硫黄を添加することの目的が酸化防止ではなかった場合、なんで日本で流通するワインのラベルには「酸化防止剤(亜硫酸塩)」との記載が義務付けられているのか、おかしいではないか。というご意見もあるかと思います。まったくもってその通りなのですが、その答えを私は持ち合わせていません。
実際問題として、日本以外の国ではエチケットへの記載は「sulfit」とするのが一般的であって、どこにも酸化防止剤というような意味をもたせた記載はなされていないのです。つまり、これらの国では二酸化硫黄の持つアレルゲンとしての側面が注目されているのであって、酸化を防止しているかどうには注目されていません。以前の記事で書いたタンパク質などに関する記載と同じ扱いです。逆に言えば、日本ではこのような健康被害に備えた配慮はあまりなされていないように感じます。
タンパク質等のワインへの利用に関する記事はこちらをご覧ください
さて、その二酸化硫黄の抗酸化作用ですが、詳しいことを理解するには化学的な意味で「酸化」というものを正しく理解する必要があります。
酸化、という言葉を聞くと、さもある物質が酸素と結合する反応のことを指しているように思われるかもしれません。確かに昔はこの理解で良かったのですが、今は違います。今は、物質間で生じる電子の行き来における反応のことを酸化、もしくは還元と言っています。そして、二酸化硫黄はワイン中において還元剤としての役目を果たしています。
還元剤としての二酸化硫黄
ただこの還元剤としての役割、特に狙って行うようなものではないのです。すでに前回の記事で書きましたが、ワイン中においてほとんどの二酸化硫黄はイオン化した状態で存在します。このイオン化した状態、というものがすでに還元剤として機能することの出来る状態になっているのです。つまり、ぶどうやワインの微生物汚染を防止するために添加した二酸化硫黄がそのまま、還元剤としての効果も発揮している、という訳です。
ちなみにここまで、還元剤、還元剤、とこの「還元剤」という言葉を使ってきましたが、還元剤とは酸化させるものである酸化剤の逆の位置に存在するもののことを指しています。この還元剤がワインに含まれる物質よりも先に酸化することで、ワインの成分が酸化することを防止したり、遅らせたりしています。また、時には酸化してしまったものを再度還元させる、という役目を担う場合もあります。
二酸化硫黄は還元剤として確かに酸化防止作用を持っていますが、この物質が直接酸素と反応しあってなにかする、ということはありません。あくまでも間接的に影響を与えています。そして、すでに何度も書いてきたとおり、二酸化硫黄の主目的は酸化防止ではないのです。
このことからも、二酸化硫黄を「酸化防止剤(亜硫酸塩)」と表現することにはどうにも違和感を覚えずにはいられません。
ワインの酸化は醸造によって回避する
いくら二酸化硫黄の主目的は酸化防止ではない、と言ってみたところで、ワインというものが実際に酸化するものである以上、納得することは難しいかも知れません。確かにワインはその醸造過程においても、瓶詰め後の熟成過程においても基本的には酸化します。ですので、二酸化硫黄がそれぞれの局面で酸化防止剤として機能していないわけではありません。この一面だけを切り取れば、二酸化硫黄は酸化防止剤だと断言してしまうことも出来ないわけではありません。
しかし、それはあくまでも極端に限定された場合にしか適用できない考え方でもあります。なぜならば、少なくともワインの醸造段階における酸化は、知識と技術によって最小限度に抑えることが出来るからです。
一度醸造過程において酸化してしまったワインを二酸化硫黄を用いて再度還元しようとすると、これは大変なことです。一方で、醸造家が意図した程度の酸化で醸造過程を終えたならば、そこに還元剤を用いる必要性は発生しません。別の目的のために添加した二酸化硫黄が副次的にもたらす程度の還元作用で十分だからです。
つまり、二酸化硫黄を酸化防止剤として使うかどうかは、醸造家の知識と技術にかかっていると言えるのです。繰り返しになってしまいますが、本当に技術のある醸造家にとっては、二酸化硫黄の添加の主目的は酸化防止ではあり得ないことを知っていただきたいと思います。
次回は二酸化硫黄の持つ、その他の効能について説明したいと思います。
二酸化硫黄に関わる過去の記事も参考にしてください