前回、「オレンジワインは自然派ワイン? | ワインあるある」と題した記事でオレンジワインの定義や成り立ち、どうしてオレンジワインが自然派ワインと同一視されやすい環境が出来上がってしまったのかといった点について解説を行いました。
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オレンジワインは自然派ワイン? | ワインあるある
オレンジワイン、という名前を聞いたことがある人は今やもう多いのではないでしょうか? このオレンジワインという単語が聞かれはじめてそれなりの時間が経ちました。そういった流れの中で同じようによく聞くのが、 ...
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今回はより醸造的な側面からこのオレンジワインというものを解説していきたいと思います。
この記事を読んでいただくことで、醸造における基本的な注意点や特徴である色味の根拠とその抽出方法、適正なブドウ品種などについて知っていただくことが出来ます。
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オレンジワインを定義づける「色味」
前回の記事において、オレンジワインには公式な定義がないことを書きました。またオレンジワインとは極端に言ってしまえば
白ワイン用のブドウ品種を使用しており、多少濃い色味がついているワインのこと
であるとしました。
つまりオレンジワインの醸造において最も重要なポイントは、いかにその色味をワインに与えるか、という点に尽きると言えます。
メモ
オレンジワインの特徴をワインとしてのテクスチャやストラクチャーに求める一方で、色味は気にしない、という意見もあります。これは後述していますが本質的には正しい判断です。
しかしこのような特徴付けをしてオレンジワインを語ってしまうと白ワインカテゴリーのワインとの区別ができなくなるため、ここでは多少やりすぎなくらいにその色味にこだわってオレンジワインを扱っていきます。
本末転倒なオレンジワインの立ち位置
前回の記事でも間接的に触れていることですが、現在「オレンジワイン」という名前で流行しているワインは本来はその色味を目的に造られたワインではありませんでした。
Back-to-basics、back-to-originという思想のもとでより伝統的な醸造手法に回帰しようとした動きの結果として、抽出物の多い、色の濃いワインが出来上がったに過ぎません。
本質的には醸造手法的に原点回帰出来ていれば出来上がったワインの色は何色でも良かったはずなのですが、マーケティングの一環として消費者の目に触れやすく、インパクトに優れたその色味に注目し、色にのみ着目したような名称を使い始めた結果、以下にワインの色をオレンジ色にするのかというような本末転倒とも言えるような状況になっていることには注意が必要です。
今回の記事ではオレンジ色の獲得に関わる点について重点的に説明を行いますが、ワインの造り手は自分たちが単にオレンジ色をしたワインを造りたいだけなのか、造ろうとしたワインに向いた醸造手法を採用した結果、たまたまオレンジ色になっただけなのかという点には常に意識を割く必要があります。
そして後者であるならば、今回解説を行う各醸造手法に対しても本当に自分たちに必要な内容を考え、取捨選択を行い、その結果としてワインの色が変わることも積極的に受け入れる覚悟を持つ必要があることを忘れないで欲しいと思います。
ワインを「オレンジ」にする2つの方法
白ワイン用のブドウ品種を用いて醸造したワインに色味を付ける方法は2つあります。
- 酸化酵素の影響による茶褐色化
- フェノールによる着色
酸化により着色したワインもオレンジワイン?
酸化酵素による茶褐色化とは熟成や酸化による着色のことです。具体的な事例としては熟成した古酒の持つ枯れた色味です。
端的に言うと、これもオレンジワインです。しかも例外的な扱いによるものではなく、本質的な意味で同質のものです。
表面的には抽出に基づかないように見えるため「オレンジワイン」とは理解しにくいかもしれません。しかし実際にはこの着色もまたフェノールの影響を受けたものであるため、オレンジワインと呼んで差し支えない、というのが本当のところです。
ただしこのワインには酸化のニュアンスが香りにも味にも強く出ますし、劣化と紙一重の際どい品質状態となるため「オレンジワイン」という看板を使って大々的に販売するには向いていません。
このため本質的には差は無いにも関わらず、意図的にオレンジワインの区分からは外されています。
オレンジワインにおける色味の正体
以前「徹底解説 | 赤ワインはなぜ赤いのか?」という記事でワインの色味におけるフェノールの役割を解説しました。オレンジワインにおける色味もやはりこのフェノールがその正体です。
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徹底解説 | 赤ワインはなぜ赤いのか?
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とはいっても赤ワインの場合とは異なり、白ワイン用のブドウ品種にはAnthocyanin (アントシアニン) は含まれていないため別のフェノール類が影響を及ぼしています。
具体的には、
- Phenolic acid
- Flavonol (フラボノール)
- Tannin (タンニン)
の3つです。
オレンジワインの醸造においてはこれらのフェノール類をいかに効率よく抽出し、安定させるのかが重要なポイントとなります。
オレンジワインの醸造工程
オレンジワインの醸造工程は以下のような流れになります。
- ブドウの収穫
- 果実の破砕 (除梗は任意)
- マセレーション (果皮浸漬 / 醸し): 数日
- 発酵 (酵母の添加は任意)
- プレス
- タンクや樽による保管および熟成
オレンジワインに関する記事を読んでいると、マセレーションの期間を数ヶ月もしくは1年などとしているケースも見られます。
しかし果実を破砕後に常温下で保管をすると通常、破砕後数日から1週間以内には自然発酵が始まります。つまり発酵前に数ヶ月もの期間保管することは特殊な手法もしくは特殊な環境下に置かない限り不可能です。
この場合の果皮浸漬期間が数ヶ月から年単位というのは、発酵期間を含んでいます。つまり上記の流れの中の3と4を合わせた、果実の破砕からプレスまでの期間が数ヶ月から年単位、という意味になります。
そしてオレンジワインをオレンジワイン足らしめている醸造の工程がマセレーション、つまり果皮浸漬であり、この工程なくしてオレンジワインを造ることは出来ません。
抽出のメインはFlavonolとTannin
上記の果皮浸漬がオレンジワインの醸造工程において必須の工程である理由は、その色味の正体であるフェノール類を抽出するのに必要な工程であるからにほかなりません。
上記の3つのフェノール類のうち、Phonolic acidはそれ自体は色を持ちません。
この物質は酸化のプロセスを通して黄色く色づく特性を持っており、確かにワインに色味を加える要素にはなりますが、そこには酸化による劣化というリスクを伴います。
このためワインに色味を与えるための物質としての優先順位は自ずと低くなります。
一方で、Flavonol (フラボノール) はPhenolic acidと同様に酸化によっても色を持ちますが、重合によっても黄色く色づきます。またTannin (タンニン) は縮合タンニンのようにそれ自体が重合した構造を持っているため黄色い色味をしています。
オレンジワインのあの黄色い色味はこのFlavonol ( フラボノール) と Tannin (タンニン)の色味に基づくものですので、醸造過程における抽出はこの両者に対するものになります。
抽出にかける時間はどれくらいが正解なのか?
オレンジワインの醸造工程における抽出の時間、つまり果皮浸漬を行う時間はどれくらいが正解なのでしょうか?
造り手によって果皮を浸漬する時間が数ヶ月から1年程度と幅があることはすでに書きました。
ではどこまで置いておくのが本当にいいのかというと、正解はない、というのが正解になります。
マセレーションの時間が短い場合は抽出自体が進みませんし、酸化の影響を受けにくくもなりますので色は薄くなります。数時間から1日程度 (温度によっては2,3日程度) のマセレーションを行っている白ワインはよくあります。逆に言えばこの程度の時間では抽出量が足らず、色味の点からみてもオレンジワインと呼べるほどの色味にはならず白ワインの範疇にとどまります。
では逆にマセレーションの期間が長ければ長いほどいいのかというとそれも少し違います。これはマセレーションの期間が長くなるとその時間の長さに応じて以下のような注意点が出てくるためです。
- 酸化の影響が大きくなる
- 抽出できるフェノールの総量には限度があり、それ以上は意味がない
- 長期の浸漬はペクチンなどを溶出させる原因となる
1の酸化の影響は色味を濃くするという点においては有利に働きますが、程度がすぎると茶褐色が強くなり香りや味に酸化のニュアンスが出始めるためデメリットとなります。
また2は1にも通じることですが、もともとブドウに含有されている以上の成分の抽出は出来ませんので、この量の抽出が完了した時点でそれ以上は無用な酸化の促進にしかならない点にも注意が必要です。なおブドウに含まれるフェノールの量はブドウの品種、熟度などに依存します。
長期にわたって果皮を果汁、もしくは発酵して生成されたアルコールに漬け込むことで生じ得るのが、3の果皮の分解による各種成分の溶出です。
これは捉え方によってはワインへ複雑味を持たせるための要因になっているとも言えます。しかしこうして溶出される成分のすべてが好ましいものとは限らない点には注意が必要です。特にペクチンなどは分子量が大きくなるためフィルターの目詰まりの原因になる場合もありますし、ワインを口に含んだ際の感触へも影響を及ぼします。
またこうした溶出物の多くは後の沈殿物の原因となることにも注意が必要です。
最終的に抽出の量とワインの状態のバランスを取るためには常にワインの状態を観察し、ワインごとにタイミングを見極めていく必要がある、ということです。
色の抽出における注意事項
「オレンジワインは自然派ワイン? | ワインあるある」の記事でも触れましたが、オレンジワインの醸造における特徴として以下のようなことが挙げられます。
- ステンレスタンクのような密閉型の容器は使いにくい
- 発酵時の低温管理の必要性が極めて低い
- 亜硫酸塩 (二酸化硫黄 / SO2) の添加と相性が悪い
1つずつ解説していきます。
抽出のためにはパンチダウンが有効
ステンレスタンクのような密閉型の容器が使いにくい理由は2つあります。
1つ目はすでに上記で書いたように、白ワインにおける着色にはPhenolic acidのケースにしてもFlavonol (フラボノール) のケースにしても酸素の影響が大きく関わっている点です。
確かにワインに色を付けるために酸化させることは極力避けたいところではあるのですが、軽度の酸化を故意に招くことでより濃い色味をもたせられることも事実です。このため果皮浸漬 (マセレーション) 時点から発酵にかけて密閉容器を用いて還元的環境下で行うことにはメリットがなく、色味を薄くしてしまう可能性が高くなるという意味ではデメリットでさえあります。
2つ目は発酵時におけるパンチダウン、つまり果帽の押し下げ作業の必要性です。
Phenolic acidおよびFlavonol (フラボノール) は果皮に多く含まれます。このためこの両者をより多く抽出するためにはブドウの果皮が果汁に触れている必要があります。
一方で発酵中には炭酸ガスの発生により液中に浸漬されていた果皮は液面に押し上げられ、放っておくと固い層となってしまいます。この状況になると、
- 果皮と果汁の接触面積が減る
- 抽出物の流動性がなく抽出効率が下がる
- 液面が空気中の酸素に触れなくなり還元的環境となってしまう
というデメリットが生じます。
このデメリットを回避するために必要なのがパンチダウンの作業です。そしてこの作業を行うためにも密閉型の容器は都合が悪く、オレンジワインの醸造には上部が開いた開放式の容器を用いることが向いているのです。
温度管理の不必要性
一般に白ワインの醸造においては発酵時を含めプロセス全体で低温管理をメインとします。
これはよりフレッシュでフルーティーさに富んだワインに仕上げるために必要な工程ですが、こと抽出に関しては逆効果となります。果皮からフェノール類を抽出する場合にはむしろ液温が高いほうが効率は高くなるためです。
低温マセレーションのように液温を低く抑える一方でマセレーションの期間を長くする手法も無いわけではないのですが、軽度の酸化を促進させるという点からも、敢えて液温を上げることはしないまでもわざわざエネルギーコストが高くかかる低温管理を行う必然性は低く、一般的に温度管理を行わない常温管理での醸造が行われています。
相性の悪い亜硫酸塩 (SO2) の添加
赤ワインの色に関する記事でもSO2が色の安定に対して悪影響を及ぼすことを書きました。
赤ワインの場合は主にSO2がAnthocyaninと結合することで無色化してしまうためでしたが、オレンジワインの場合においてはSO2の還元剤としての作用がより大きく影響してきます。
すでに何度も述べてきたことですが、オレンジワインの醸造過程においては軽度の酸化は積極的に受け入れていくべきものです。
これに対して還元剤として働くSO2の添加は色の安定という面で極めて相性が悪く、できるだけ添加せずに済ませたいものとなります。
なおオレンジワインに対するSO2の添加に関する記事を読んでいると、よくTannin (タンニン)をはじめとしたポリフェノールを豊富に含むオレンジワインではこれらが抗酸化作用を持つためSO2の添加はそもそも不要なため添加しない、というロジックを見かけます。
これはこれで確かに間違いではないのですが、SO2が持つ抗酸化作用以外の作用を考えれば添加しない理由としては弱く、色の不安定化を避けるために添加できない、というほうが実情に即していると筆者は考えています。
参考
亜硫酸塩 (二酸化硫黄 / SO2) の抗酸化作用以外の役割については以下の記事を参考にしてください
オレンジワインにおける醸造手法のまとめ
以上にみてきたように、オレンジワインの醸造において重要なポイントは以下のようにまとめることが出来ます。
- 開放型の容器を使う
- パンチダウンを定期的に行い果帽の再浸漬を促すのと共に酸素との接触を増やす
- 常温管理をすることで抽出の促進を図る
- 色を不安定にさせるSO2の添加は極力避ける
なぜオレンジワインの味は辛口なのか
オレンジワインは基本的に辛口に仕上げられます。
より厳密に言うならば、色味を重視したオレンジワインにおいてはワインの品質管理上、発酵後のワインに含まれる残糖量を可能な限り0に近づける必要があります。
これはなぜなのかというと、上記のSO2の添加との相性が悪いという醸造上の性質があるためです。
なお敢えて「色味を重視した」という点を強調しているのは、色味を重視しないのであればSO2添加を避ける必要性が弱くなるためこの限りではなくなるからです。
「品質管理のキホンのキ | 二酸化硫黄の使い方」という記事で詳しく書いていますが、ワインにSO2を添加することの大きな目的の1つに微生物の活動の抑制というものがあります。
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品質管理のキホンのキ | 二酸化硫黄の使い方
ワイン醸造における品質管理を考える際にもっとも基本となることは亜硫酸の添加です。 この亜硫酸、亜硫酸塩、酸化防止剤などともラベル上で記載されています。亜硫酸と亜硫酸塩とでは厳密には異なる物質を指してい ...
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ワインの衛生状態を保ち、その品質を維持するためには微生物の発生や活動を如何に抑制するかという点が極めて重要な意味を持ちますが、この点に対してワインに含まれる残糖は大きな不安要素です。
糖分は微生物にとって格好のエネルギー源となるため、残糖の多いワインほど微生物汚染のリスクや再発酵のリスクが高くなります。
これを抑制するのがSO2なのですが、オレンジワインでは上記の通り色味を不安定化させてしまうという理由からSO2の添加は避けられる傾向にあります。これはそのまま微生物に対するもっとも効果的な対策を採ることが出来ないことを意味しています。
そのために次善の策としてワインに含まれる残糖を可能な限り減らすことで微生物のエネルギー源をなくし、少しでも品質低下のリスクを下げる必要があるのです。
このロジックはSO2の添加を避けるナチュラルワインにおけるそれと全く同じです。
ナチュラルワインにしてもオレンジワインにしてもSO2の添加を避けるというその性質上、辛口にしているのではなく、甘くすることが出来ない結果として辛口に仕上げられているのです。
オレンジワインに向いた品種とは
何度も繰り返しになってしまいますが、オレンジワインにおいて最も重要なキャラクターはその色味です。
このためオレンジワインに向いた品種とはこの色味を出しやすい品種、ということになります。つまり果皮により多くのフェノール類を持った品種です。
確かにオレンジワインの適正品種としてアロマティック系の品種、とする向きもあります。
これはマセレーションによってより多くの芳香系成分を抽出することが可能なため、このような品種を用いることでワインにより複雑なテクスチャやストラクチャをもたせることが出来るためです。
しかし現実問題として色味を持たないオレンジワインはいくら複雑なテクスチャやストラクチャを持っていてもオレンジワインでは無いため、やはり「オレンジワイン」という商品セグメントに拘る限りは優先度的にはフェノール系含有物の多さが上になると筆者は考えています。
オレンジワインに使われることが多い品種としては以下のような品種が挙げられます。
- Sauvignon blanc
- Chardonnay
- Silvaner
- Ribolla gialla / Rebula
- Traminer
- Muscat, Muskateller
- Malvasia di candia aromatica
- Grenache blanc, Grenache gris
- Pinot gris / Grauburgunder
- Vitovska
- Mtsvane, Rkaziteli, Zolikouri
今回のまとめ | オレンジワインの酸化はどこまで許容すべきなのか
以上、オレンジワインの醸造方法を詳説してきました。
今回の記事を読んでいただくことでオレンジワインの醸造においては果皮浸漬、マセレーションが重要であるされながらも、実はいかに酸素の影響をコントロールするのかが重要であることが分かっていただけたのではないかと思います。
実は記事の中では敢えて触れなかったのですが、酸化、Tannin (タンニン) の抽出、という点から見ればプレス後のワインの保管に木樽、特にバリックと呼ばれる小型の樽を使用するのが向いているように思えます。
しかし、これが本当に向いている手法であるかどうかには筆者は懐疑的です。
確かにバリックを使うことでTannin (タンニン) を抽出し、さらに微小酸化を促進することは可能です。実際に赤ワインの醸造ではこの手法を用います。
一方でオレンジワインと赤ワインとではTannin (タンニン) に求められている役割は微妙に異なっています。この点およびその他の要素を鑑みて、筆者はオレンジワインにバリックを使うことはいろいろな面で過剰になるのではないかと考えています。
もちろん実際の醸造の過程における最終的な判断はその時のワインの状態を見て判断することになります。
しかしこの記事を読んでくださった方それぞれが、この記事から得た情報をもとにオレンジワインの熟成にさらに酸化促進系の保管容器を用いることが適切かどうか、いろいろな要素を組み合わせつつ考えてみていただければと思います。