白ワインと赤ワイン。
この両者のもっとも大きな違いはその色にあります。
ほとんど色味を持たない白ワインに対して、赤ワインは目に鮮やかな赤い色をしています。これは赤ワインには赤い色をした成分が含まれているから。
赤ワインを造る時にはブドウからこの赤い色味の成分を取り出すために、果皮や種子を果汁に漬け込んでいます。
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日本語では醸しとも呼ばれるこの工程中に欠かせない作業とされているのが、果帽と呼ばれる部分を果汁中に沈める作業です。
果帽とは果汁部分の発酵によって生じる二酸化炭素ガスの力で漬け込んでいた果皮や種子、果肉といった固形分が液面に浮き上がってきたもののことです。
果帽は発酵中の果汁中から湧き出してくる二酸化炭素によって常に上に押し上げられている状態です。
昔ながらの手法ではジャガイモを潰すときに使うマッシャーのような道具や櫂を使って人力で一生懸命この果帽を押し返していました。パンチングダウン (Punching down、パンチダウンとも) やピジャージュ (Pigeage) と呼ばれる方法です。最近ではこれを機械で行ったり (mechanical punch down)、タンクの底から果汁を抜き取って再度、果帽の上にポンプで戻すポンプオーバー (Pump-over) もしくはルモンタージュ (Remongate) と呼ばれる手法が使われたりしています。
ピジャージュやルモンタージュは赤ワイン造りではごく一般的に行われている作業ですが、その意味を調べ直してみると意外なまでに従来の説明や自分の思い込みとは違う意味を持っていることが分かります。
赤ワイン造りで欠かせないとされている工程の意味を見直します。
誤解だらけのルモンタージュ
ルモンタージュやピジャージュをなぜ行うのか。その理由は様々な場所で説明されています。
おそらくもっとも広く知られている理由が以下のものではないでしょうか。
- 発酵中の果汁に酸素を供給する
- 糖分、酵母、温度を平均化する
- 漬け込んでいる果皮や種子からフェノール類をはじめとした成分を抽出する
このような説明はワインの生産者と話をしていてもごく当たり前にされています。確かに何も間違っていません。ただ、多くの誤解があるだけです。
まず大前提と知っておくべきなのは、赤ワインであってもルモンタージュもピジャージュもしなくても完全な辛口になるレベルまで発酵できる、という点です。
それでは1つ1つ見ていきます。
果汁に酸素を供給する意味
赤ワインと白ワインの造り方の違いは主に色を中心とした成分を抽出するために果皮を果汁に漬け込んでいるかどうかだけです。果汁が酵母の活動によってアルコール発酵をしてワインになっていく工程自体にはなんら違いはありません。
では白ワインの発酵時にワインの造り手はタンク内に酸素を供給しているでしょうか。
していません。
ブドウの果汁をワインに変える立役者である酵母はある一定の段階を除いて、酸素を必要としません。酵母は無酸素状態の中でも代謝を行い、果汁中の糖分をアルコールと炭酸ガスに変えていきます。
確かに酵母は分裂をして数を増やしていく際にはより多くのエネルギーを獲得するための手段として酸素を必要とします。しかしその際に求められる酸素量はごく微量です。白ワインの醸造でいえば、タンクの上部にわずかに残ったヘッドスペース中に存在する酸素だけで十分なレベルです。
つまり"発酵を促進する"目的で果汁中に酸素を供給する意味はないのです。これは白ワインであろうと赤ワインであろうと違いはありません。
糖分、酵母、温度を平均化する意味
ルモンタージュやピジャージュを通して平均化されるという糖分や酵母、そして液温。ここにも誤解は存在します。
まず補糖をしていない限りにおいて糖分の平均化が必要になるケースを私は知りません。酵母も同様です。
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これもまた白ワインのケースを考えていただくと分かりやすいはずです。
白ワインの発酵時にタンク内の液体を撹拌するケースは極めてまれです。そんなことをしなくても発酵時の温度の上昇などを背景にタンク内で対流が生じ、酵母はタンク全体に拡散していきます。確かに発酵途中の段階ではタンク内の部分、部分で液体中の糖分濃度がばらついている可能性がありますが、最終的にそれが問題になることはありません。
赤ワインの醸造では果皮や種子が漬け込まれていますので果汁の対流が白ワインの場合よりも起きにくいかもしれません。しかし発酵時に生じた炭酸ガスによってこうした固形分は液面に押し上げられていきます。そうすれば果帽の下に残るのは対流の起きやすい、邪魔な固形分のない液体です。わざわざ櫂入れやポンプを使って平均化してやる意味はありません。
そして温度です。
ワインの発酵時には多くの場合、タンクの中心部分から温度が上がっていく傾向があります。この状態が進むと液体の対流がはじまり、徐々にタンク全体の温度が上がっていきます。
赤ワインの醸造で重要な果皮や種子の固形分からの成分の抽出ですが、最も重要な要素は温度です。
温度が高くなると一般に抽出効率は上がっていきます。極めて単純な言い方をするのであれば、より効率よく抽出を行いたいのであれば発酵前や発酵中の管理温度を引き上げてやればいいということです。
この点に関しては抽出の効率化を目的とした果汁の高温処理手法が醸造技術として確立されています。
一方で、パンチダウンやポンプオーバーは液体の温度を引き下げます。非常によく誤解されていますが、抽出を促進するために行っているはずの果帽の漬け込み作業は、抽出の効率を引き下げる効果を持っています。
何もしない方が抽出量は増える
ルモンタージュやピジャージュを行う最大の理由。それはフェノール類の抽出の効率化だと言われます。
これはもはや赤ワイン醸造の常識といっても過言ではないくらい誰もが持っている認識です。
最近、この常識に一石を投じる調査報告がなされました。
発酵中にルモンタージュやピジャージュを行った場合よりも、なにもしなかった場合の方が抽出されたフェノール類の量が多いことが実験で確認されたのです。
レポートでは果帽の漬け込みを行わない場合の方がフェノール類の抽出量が増える理由を以下のようにまとめています。
- 温度の拡散が行われないためより効率的な抽出が行われた
- 果皮や種子の機械的な破壊がなかったために組織への吸着や他の成分との反応による沈殿が生じなかった
- 酸素との接触が少なくフェノール類の酸化が防止された
- 抽出効率の高さを背景に早期にフェノール類のコピグメンテーションが促進された
一方でこの結果には現状ではまだ小規模ロットでならば、との条件がつきます。
使用するタンクの直径次第ではありますが、一般にタンク内に入った果皮や種子の固形分量が多くなると果帽の厚みが増します。そうなると分厚い果帽の上部は全く果汁と接触しなくなるため抽出が行われなくなります。そのような場合にはピジャージュやルモンタージュによって果汁と接する部分を常に入れ替えることに意味が出てきます。
今回のまとめ | ルモンタージュやピジャージュの意味を再考する
ルモンタージュやピジャージュを通して発酵中の酵母に酸素を供給する意味はなく、こうした行為を通して逆に発酵温度の低下を招き、抽出効率を引き下げてしまう原因になることを見てきました。
最近の研究によればルモンタージュもピジャージュもしない方がフェノール類の抽出にはポジティブな効果をもたらすことも分かってきています。
では敢えてルモンタージュやピジャージュを行う意味はどこにあるのでしょうか。
そのヒントになるのが、抽出の程度と内容です。
これまでの話と矛盾するようですが、ピジャージュやルモンタージュを行うことの意味は酸素の供給と温度への影響です。
酸素の供給とはいってもその対象は酵母ではありません。酵素です。
ピジャージュとルモンタージュの効果を比較した実験によると、抽出物量はルモンタージュの方が多くなることが分かっています。この理由の1つが、多い酸素供給量です。
ルモンタージュではピジャージュ (ただし人力の場合に限る) と比較するとはるかに多くの量の酸素を果汁中に取り込み、その果汁を通して果帽表面に酸素を供給します。これによって果帽を形成する果皮や種子表面の酵素の働きが活性化され、一部の成分の抽出を促進することが分かっています。
ルモンタージュによる酸素の影響は酵母や発酵に対してではなく、酵素とその酵素による組織の分解作用に対して影響を及ぼしているのです。
また温度の引き下げ効果は抽出されるタンニンの量に影響を及ぼします。
タンニンには果皮から抽出されるタンニンと種子から抽出されるタンニンがあります。温度はこの2種類のタンニンの抽出に影響します。果皮からの抽出に対する温度の影響は抽出の量ではなく抽出の速度に関わるのに対して、種子からの抽出に対してはその量に影響します。
種子からのタンニンはより強い苦味や渋みをもたらすため、エレガントな赤ワインを造る上では極力抽出はしたくない対象です。
果帽に対してなにもアクションをしなければ発酵の進捗にともなって液温が上昇し、種子からの抽出が促進されます。これに対してピジャージュやルモンタージュを通して液温を引き下げることでこうした望まない成分の抽出抑制効果が期待されるのです。