スパークリングワイン

スパークリングワインのサプライズ|泡が吹きこぼれる真相

ちょっと日々の仕事に疲れたとき。日々の日常をちょっと華やかな時間で彩りたいとき。気のおけない仲間たちとちょっと豪華な時間を過ごしたいとき。あまりの暑さに耐えかねてちょっとリフレッシュしたいとき。そんな時々にぴったりなのが、スパークリングワインです。よく冷やしたスパークリングワインはその味わいと美しい泡立ちで気分を華やかに、そして爽快にしてくれます。何気ない生活の中の一場面であったとしても、シャンパーニュのボトルを開ければその瞬間からちょっと豪華な気分を味わえます。どんな瞬間であっても、その瞬間を一段華やかにしてくれるのがスパークリングワインの魅力です。

ところが時間を美しく彩ってくれるはずのスパークリングワインが一転、気分を真っ黒に塗りつぶしてくることがあります。抜栓時の吹き出しです。ちょっと吹き出してテーブルを濡らしてしまった、というくらいなら可愛いものですが、開けた次の瞬間に1メートルも吹き上がって天井も家具も着ていた服もベチャベチャにした挙げ句、ボトルの中身はほぼ空に、なんてなったら目も当てられません。

そんなことあるわけ無い、と思われるかもしれません。ところが実際にこうした悲劇は起こりますし起きてもいます。もしかしたら、次に盛大に吹き上がるのはあなたが手に持っているそのボトルかもしれません。

スパークリングワインがなぜ吹き上がるのか。その原因はまだ完全にはわかっていませんが、すでにわかっていることも数多くあります。この記事では泡が吹きこぼれる真相の、その基本的なところに迫ります。

吹き上がる原因のほとんどは製造にある

ワインをよく飲む人にとっては吹き上がるのはスパークリングワインの特徴のように思われるかもしれません。違います。世の中にある、ほぼありとあらゆる炭酸飲料はなんでも吹き上がるリスクを抱えています。スパークリングワイン、ビール、サワー、発泡性日本酒、発泡性ジュース、果ては炭酸を含んだミネラルウォーターまでなんでもです。炭酸の度合いが強かろうが弱かろうがお構いなしです。にも関わらず、仕事を終えて帰宅して、ようやく訪れたリラックスタイムに部屋を汚されて辟易とする経験をジュースやミネラルウォーターですることはまずありません。なぜでしょうか。

答えは、それだけしっかりとした製造管理がなされているからです。

誰でも一度は経験があることですが、炭酸飲料は抜栓する前に振ってしまえば吹き出します。容器を温めてしまっても、やはり吹き出します。こうした飲む直前の行動によって吹き出したものであれば、その原因は飲み手側にあります。造り手がどれだけ注意深く造ろうと、飲む直前にボトルを振られてしまってはできることはありません。一方で、そうした理由なく吹き出すボトルの原因は、そのほとんどが製造上にあります。

スパークリングワインが部屋も気分も台無しにするその原因は、多くの場合、生産者の過失なのです。

噴くことは当然なのか

泡ものである以上、ボトルの開栓時に吹き出すリスクは必ず付き纏います。非常に残念なことですが、この可能性をゼロにすることは困難です。ワインや日本酒のような、液体の組成が非常に複雑なものでは特にその傾向が強くなります。そうした意味では、スパークリングワインの抜栓時に吹き上がるリスクが存在することは当然ともいえますが、一方で吹き上がることは当然ではありません。スパークリングワインは泡を楽しむものであって、吹きこぼれて中身をムダにすることを楽しむためのものではありません。

生産者の中にはボトルに吹き出ることを前提とした注意書きを付記しているケースもありますが、それはとんでもないことです。吹き出しを前提とした注意書きをできるということは、つまり、かなりの頻度で吹き上がることを知っている、ということです。そうした発生頻度の高さを知っているにも関わらず、その対策を行わずに被害が生じるリスクを許容することは製造上の過失でしかありません。

メンバー募集中

オンラインサークル「醸造家の視ているワインの世界を覗く部」ではさらに詳しい解説記事や関連テーマを扱った記事を公開しています。

サークル向け記事の一部はnoteでも読めます。もっと詳しく知りたい方、暗記ではないワインの勉強をしたい方はぜひオンラインサークルへの参加やマガジンの購読をご検討ください。

▼ オンラインサークル

ワインの世界へ、もう一歩: 醸造家の視ているワインの世界を覗く部

醸造家の視ているワインの世界を覗く部

▼ note

マガジン: 醸造家の視ている世界

醸造家の視ている世界 note版

吹き出すボトルが噴く理由

スパークリングワインなどの炭酸飲料で開栓後に1~2秒して突然吹き上がる現象のことをGushingといいます。Gushingの原因はまだ完全には解明されていませんが、現時点において非常に多くの要素が関係していることがわかっています。ワイン関連に限定してみていくと、ほとんどの原因は抜栓前のボトルの取り扱い、製造時の醸造管理、そして使用する容器などの器材関連の3つの要因に大別されます。そうした中でワインを楽しまれる方にとって特に意味を持つのが、ボトルの取り扱いによるGushingです。

注意すべきは温度と光

消費者がスパークリングワインを楽しむ際に気をつけたい事柄は、振動、温度、そして光の3つです。炭酸飲料を振ったら吹き出すのはよく知られていることだと思います。また温度については、スパークリングワインを買う際に店員さんから飲む前によく冷やすように言われた経験がある方などはご存知かもしれません。

スパークリングワインに限らず、一般に炭酸を含む飲料は冷やすことで容器内の気圧が下がります。吹き出すという現象は、液体に溶け込んでいた炭酸ガスが液体から出てきて、ボトルの内側から外側に向かって広がろうとする力、瓶内圧力に起因しています。この圧力が強くなればなるほど、ボトルを抜栓した時により勢いよく吹き出てきます。炭酸ガス、つまり二酸化炭素は液体の温度が低いほどよく溶ける性質を持っていますので、抜栓前にボトルをよく冷やすことで外に出ようとしていた炭酸ガスを再度ワインに溶け込ませ、瓶内圧力を下げることにつながるのです。炭酸ガスの溶解量はワインの性質によっても大きく変わるため厳密な数字を示すことは難しいですが、20℃の場合と0℃の場合とでは炭酸ガスの溶解量がおよそ2倍も変わるというデータも出されています。ボトルを事前によく冷やすことは、抜栓時の噴出を予防するためのもっとも簡単で有効な手段なのです。

温度の影響に対してあまり知られていないのが、光の影響です。紫外線がGushingを引き起こすことが知られています。紫外線は太陽光に多く含まれていますが、LEDを使用しない照明からも微量に放出されています。この照明器具からの紫外線であっても影響する可能性があることがわかっています。

ワインの色を見せたいロゼのようなケースを除き、ほとんどのワインはスティルかスパークリングかに関わらず濃い色をしたボトルに入れられています。これはワインを紫外線から守るための対策ですが、Gushingに対してはこの対策だけでは不十分である可能性が示唆されています。紫外線による吹き出しの影響を検証した実験では、たとえそれがUVカット系の色の濃いボトルを使っているものであっても発生するケースがあることが確認されています。

スパークリングワインに向くワイン、向かないワイン

炭酸飲料に砂糖など粉状のものを入れた経験がある方は経験的に理解しやすいのですが、炭酸ガスを含んだ液体に個体、それも細かいものを入れると途端に泡が吹き上がってきます。添加された固形の粒が泡の核となることでそこから泡が発生し、連鎖的に泡が増えていきます。実はこれがスパークリングワインの製造過程における、抜栓時に吹き出すワインを造ってしまう最大の原因です。

ワインは一見すると透き通った液体に見えますが、その実、たくさんの固形物が含まれています。赤ワインにみられる澱や、白ワインのボトルに見ることの多い酒石などがその典型例です。醸造工程中にこれらの固形物をしっかりと安定化させていないとなにかの拍子に析出してきてしまいます。

析出してきた固形物はそのまま泡の核となり、ボトルの中で泡として吹き出す瞬間を今か今かと待ち受けます。そしてボトルが抜栓され、高まっていた圧力を押さえつけるものがなくなった瞬間、勢いよくボトルの外へと飛び出していくのです。このボトルの中に存在する固形物への理解が足りていないことが多くの悲劇を生み出しています。

泡に合わない赤やオレンジ

世の中のスパークリングワインを見回したとき、赤い色をしたスパークリングワインの数が少ないことに気がつくのではないでしょうか。淡い色をしたロゼまではよく見かけることはあっても、赤ワインのように赤い色をしたスパークリングワインというものはそこまで多くはありません。これは赤ワインの持つ性質が絶望的なまでにスパークリングワインと相性が悪いためです。

赤ワインは白ワインやロゼワインと比較して圧倒的に多くの固形物を含みます。長期間の保管を経たボトルを比較したとき、赤ワインのボトルには澱が多く出ているのに白ワインのボトルにはほとんど澱がないのもこれが理由です。赤ワインが赤い理由も、アントシアニン (anthocyanin) という色素の役割を果たすフェノールを含んでいるためですが、このフェノールという成分もまた、固形物です。アントシアニンは複数の要因を通して析出し、澱としてワインのボトルの底に沈殿もしていきます。

さらには赤ワインに感じる渋みもフェノールによるものです。つまり、どこかのタイミングで析出し、沈殿します。これだけワインから析出してボトルの底に沈殿するものが多いということは、同じようにそれだけGushingを引き起こすリスクが高い、ということでもあります。赤ワインを使ってスパークリングワインを造り、かつGushingのリスクを可能な限り引き下げようとすれば、赤ワインからフェノールの大部分を取り除く必要があります。しかしそうしてしまうとそのワインは赤い色も失うことになります。絶望的に相性が悪い、というのはこうした理由によります。

なお、ワインに含まれる固形物量はある程度、抽出やマセレーション、醸しと呼ばれる果皮浸漬の度合いと関係しています。マセレーションはブドウの皮や種に含まれているフェノールなど各主成分をワインになる液体側に持ってくることを目的としているからです。

赤ワインほどではありませんが、最近話題になることも多い、オレンジワインもスパークリングワインには向かないワインです。オレンジワインは白ワイン用のブドウ品種を赤ワインのように造ったワインですが、簡単に言えば色の濃い白ワインです。一方で赤ワインとは違い、この色はアントシアニンのような色素によるものというよりも、多分に酸化によってもたらされています。

スパークリングワインはボトル内に炭酸ガスを閉じ込めることが必須であるため、造りはどうしても還元的になります。そうすると、酸化によってもたらされていたオレンジワインの色が保てなくなります。では白ワインのスパークリングワインと同じようになるのかといえば、そうではありません。オレンジワインは抽出をかけている分、白ワインよりも酒石などが析出しやすい特徴があります。酒石が落ちきってからスパークリングワインに加工するのであればまだいいのですが、そうではなかった場合、ボトルの中で酒石が出てしまうため白ワインや他の抽出をかけていないワインでスパークリングワインを造る場合よりもGushingが発生する可能性が遥かに高くなります。

当サイトではサイトの応援機能をご用意させていただいています。この記事が役に立った、よかった、と思っていただけたらぜひ文末のボタンからサポートをお願いします。皆様からいただいたお気持ちは、サイトの運営やより良い記事を書くために活用させていただきます。

リスクがもっとも高いペット・ナット

ここ数年、ペット・ナット (Pét Nat, Pétillant Naturel (ペティヤン・ナチュレル)の略) が人気です。ペット・ナットとはスパークリングワインの一種ですが、シャンパーニュやゼクトのように一度発酵を終えワインとして完成した状態から糖分と酵母を添加して再発酵させることで造るものではなく、一次発酵中、まだワインとして完成していない状態で瓶詰めすることでボトル内に炭酸ガスを残したワインのことです。メトード・リュラル (Méthode rurale) あるいはメトード・アンセストラル (Méthode ancestrale) と呼ばれる製法です。また一般に自然派ワインに属するワインとして認識されてもいます。

ペット・ナットの特徴はまだ最初のアルコール発酵が完全に終わっていない時点でボトリングしているため、発酵後に取り除かれる澱などが多くボトル内に含まれる点と、従来の二次発酵を行っているスパークリングワインと比較すると瓶内気圧が低く抑えられる傾向が強い点にあります。こうした特徴からペット・ナットはフレッシュで軽く、飲みやすいスパークリングワインとして人気が出ています。昨今のナチュラルワイン嗜好もこうした人気を後押ししているといえるでしょう。しかしそうした高い人気の一方で、抜栓後に部屋や衣装を汚す可能性という意味ではもっともリスクの高いワインといえます。

ペット・ナットを造る生産者の多くは、それがナチュラルワインであるとの意識からか抽出を多めにかける傾向があり、かつそうした努力は出来上がったペット・ナットに濁りとしてみられます。濁ったスパークリングワインは稀ですが、ペット・ナットは例外です。ペット・ナットではこうした濁りがこのワインの特徴として大事にされ、むしろ透明なペット・ナットは造り手からも飲み手からも嫌がられることが往々にしてあります。ところが濁りとはとりも直さず、固形物が大量に含まれていることの証明でもあります。つまり、濁りを核にして泡が大量に発生する可能性が極めて高いのです。

問題を大きくしているのは、ペット・ナットを造る生産者のなかには吹き出すことを許容している人も少なくないという点です。造り手としての信条からであったり、単なる知識不足からであったりとその理由は様々ですが、吹き出すリスクを意識的に回避されていないという事実は、そもそものワインの特徴として持っている吹き出すリスクをさらに高めることにつながっています。さらには消費者側でも吹き出すことが自然である、という間違った認識にまで及んでしまっている雰囲気さえあります。

ペット・ナットは二次発酵を必要とするスパークリングワインよりも設備的にも労力的にも、そして気分的にも造りやすいと考えがちです。さらに比較的瓶内気圧が低く収まることが多いために吹き出したとしてもそこまで大きな問題と思われない可能性もあります。造る側も飲む側も、これくらいなら、と思ってしまうのです。

それが二次発酵を行ったスパークリングワインであろうがペット・ナットであろうが、完全にとはいかないにしても、開栓時に泡が吹き出さないように対策することはできます。実際にそうした対策をしっかりと徹底している生産者のボトルではこうした問題を経験することは稀です。突き詰めてみれば、そうした既知の対策を怠る姿勢とその姿勢を許す雰囲気が、スパークリングワインの抜栓時に泡が生み出す悲劇の最大の原因ともいえるかもしれません。

醸造面でより具体的なGushingを避ける手法などについてはオンラインコミュニティ内で公開する記事で解説します。なおコミュニティメンバー限定記事はその内容の一部を再編集したものをnoteのマガジンにも収録しています。樹齢とワインの関係についてさらに踏み込んでいきたい方はぜひコミュニティへの参加もしくはマガジンの購読をご検討ください。

限定記事を読む

メンバーシップ|すべての限定記事を読むならこちら

ワインの世界へ、もう一歩: 醸造家の視ているワインの世界を覗く部

醸造家の視ているワインの世界を覗く部

note|一部の限定記事を定額/単独購読するならこちら

マガジン: 醸造家の視ている世界

醸造家の視ている世界 note版

ワイン用ブドウ栽培やワイン醸造でなにかお困りですか?

記事に掲載されているよりも具体的な造り方を知りたい方、実際にやってみたけれど上手くいかないためレクチャーを必要としている方、ワイン用ブドウの栽培やワインの醸造で何かしらのトラブルを抱えていらっしゃる方。Nagiがお手伝いさせていただきます。

お気軽にお問い合わせください。

▼ おいしいものがとことん揃う品揃え。ワインのお供もきっと見つかる
  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

-スパークリングワイン
-, , , , , , ,